[474](寄稿)黒木登志夫著『新型コロナの科学 パンデミック、そして共生の未来へ』の書評

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ペンギンドクターより

第二回

本日は一冊のコロナ関連の新書を紹介します。2021年3月24日(水)購入し、3日間で読み終えた本です。

●黒木登志夫著『新型コロナの科学 パンデミック、そして共生の未来へ』

 2020年12月25日初版、2021年3月5日5版、326ページの中公新書です。

 著者は1936年東京生まれ。東北大学医学部卒業。1961-2001年、3カ国5つの研究拠点でがんの基礎研究を行う(東北大学加齢医学研究所東京大学医科学研究所、ウィスコンシン大学、WHO国際がん研究機関、昭和大学)。専門英文論文300編以上。2000-2020年、日本癌学会会長、岐阜大学学長、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)ディレクター、日本学術振興会学術システム研究センター顧問を歴任。

 実は黒木登志夫氏のことは有能な「がんの研究者」として昔からよく知っていました。1983年刊行の彼の著書である朝日選書『がん細胞の誕生』は刊行後まもなく読みました。もう40年近く前になります。彼は現在84歳のはずです。この中公新書も昨年末か新年早々に駅ビルの書店で並んでいるのを見ていたのですが、84歳という年齢ですし、他のコロナ関連のニュースや論文、書籍もかなり読んでいたので、本業が「がんの研究者」である人の「コロナ関連本」を読む必要はあるまいと手に取ってみてはいませんでした。きっかけは毎週水曜日、必ず顔を出す駅ビルの書店で、3月24日(水)上記の本の帯の「山中伸弥氏推薦!」という言葉が飛び込んできたせいです。それで一応開いてみました。結果的に購入し、読み始めたら見事な本でした。とても84歳の人が一人で書いた本とは思えません。しかし、内容は文章から言っても彼自身が書いた本です。感心しました。見事なサイエンスライターです。世の中には「老い」を感じさせない見事な本を書ける人がいるものです。もちろん著者自身が言うように、周囲の人の助けもあったようですが・・・・・・。

 普通の新書は目次が非常に詳しいのが常ですが、この本は割とあっさりしています。内容のうち、「日本の対応・評価」という項目のところで、彼自身が「独断と偏見」に基づき、日本の対応のベスト10とワースト10をそれぞれ挙げているので列挙します。本で取りあげたデータは主に2020年10月までのデータに基づいていると著者は断っています。

【ベスト10】

①国民:国民は、要請レベルにもかかわらず、行動を自粛し、マスク着用、手洗いなどを励行した。経済的に苦しい人もよく耐えた。

②三密とクラスター対策:初期のクラスター対策は一定の効果を上げた。その分析から生まれた「三密」キャンペーンは、分かりやすく、みんなそれにしたがった。

③医療従事者:未知の新型コロナに対して、検査、防護服などが不足しているなか、使命感から、献身的に貢献した。医師会も、コロナ問題に積極的に関わった。

④保健所職員:厚労省が保健所負担軽減対策に積極的でないなか、困難な調整と実務を行った。公務員の責任感ある行動として記憶されることであろう。

介護施設厚労省福祉関係三局は、いち早く介護施設に注意を呼びかけ、介護施設もそれに応えた。日本の死亡者が少ないのは、介護施設の努力によることが大きい。

⑥専門家の発言:少なくとも、分科会に編成替えまでの専門家は、使命感から積極的に発言し、国民に警鐘を鳴らし続けた。われわれも専門家の発言に注意していた。

⑦中央、地方自治体の担当者:医療従事者だけでなく、関係したすべての公務員は、一生懸命仕事をした。

ゲノム解析:国立感染研、地方衛生研は、新型コロナウイルスのゲノムを解析し、感染の全貌解明と対策に貢献した。

⑨在外邦人救出便:政府は感染の危機にさらされている在外邦人を、パスポートの前文の約束を守り、チャーター便により帰国の便を図った。

⑩新型コロナ対応・民間臨時調査会:この報告書がなければ、コロナ禍の中、政府内で何が起こっていたか、どこに問題があったかを知ることができなかった。

【ワースト10】

PCR検査:PCR検査の問題は言い尽くした。コロナと生きる時代に必要なのは、PCR検査の徹底により社会の安全と安心を保証することである。

厚労省:国民を守ることよりも行政的整合性を守ることに重点をおき、融通性に欠けていた。PCR検査では国民に背を向け、裏で政治工作をした。

③一斉休校:文科大臣、専門家の意見を聞かずに、安倍首相の側近内閣府官僚の進言によって断行された一斉休校によって、教育の現場、父兄の生活は大きな影響を受けた。

④アベノマスク:マスクを配布すれば国民の不安は消えますという首相の側近内閣府官僚の進言によって実行されたマスクは、160億円もの税金の無駄遣いであった。

⑤首相側近内閣府官僚:証拠に基づく政策(EBPM)の重要性が言われているなか、彼らは大臣、専門家を無視し、政策を首相に進言した。それを受け入れた首相は、さらに問題である。

⑥感染予防対策の遅れ:3月のヨーロッパ型ウイルスの流入予防対策に後れを取った。第二波の最中にGoToトラベルを実行し、感染を広げた。

⑦分科会専門家:分科会委員に格下げされてからの専門家は、政府の政策にお墨付きを与えるだけの立場に甘んじてしまった。専門家が正論を言わなくなったら専門家でない。

⑧スピード感の欠如:初動体制から今日に至るまで、すべての対応が遅すぎた。早かったのは、学校一斉休校とアベノマスクだけである。

⑨情報不足:感染情報は非常に限られていた。感染の実態(院内感染、死者数、発症日別統計など)の発表がなかった。政策決定に至る過程も不透明であった。

⑩リスクコミュニケーション:現状を科学的に分かりやすく説明し、質問に応えるリスクコミュニケーションがなかった。国民はテレビの情報番組に頼らざるを得なかった。

 いかがでしょうか。いちいちごもっともと感心しました。厚労省や安倍の側近などに対する批判は私の独断ではないとホッとしています。実は私はかなりはっきりものを言いますが、常に自分で自分に反論を用意しながら書いています。要するに気が小さいのですが、実は医療の世界は善悪・正邪が微妙な世界ですから、これは職業的な習性でもあるのです。

 本文中には、「反リベラル、ポピュリズム指導者」として、トランプ(アメリカ)、ボルソナーロ(ブラジル)、ジョンソン(イギリス)、プーチン(ロシア)のコロナ対応の失敗、そして成功した女性政治家、アーダーソーン(ニュージーランド)、蔡英文(台湾)、メルケル(ドイツ)の名前を挙げて具体的な対応を評価しています。

 この新書のいいところは、医学的見解もかなり深く広範であることに加え、政治的なことも相当詳細に述べていることです。ただし、著者も断っているように経済については深入りしてはいません。最後に軽く、2020年前半期のGDPの前年度比と人口100万人あたり死亡者数の相関図を挙げて、「コロナをコントロールできない国は、経済の痛みも大きい」と述べています。

 著者は4ヶ月余りでこの本をまとめたようです。腰に悪いと知りつつも、毎日朝から夜遅くまで、コンピュータに向かい、インターネットで調べ、エクセルで計算し、パワーポイントで図を書き、ワードで文章を書く毎日だったとのこと。この間、コロナにも感染せず、熱中症にもならず、完成まで生き延びられたのは幸いであったと「おわりに」で述べています。もちろん、彼自身の幅広い人脈から多くの人々に文章などをみてもらい、教えてもらったと述べています。

 この本を読んで、73歳の私も「老い」を意識しつつも、頑張ろうという気になりました。今日はこのへんで。