[597](寄稿)「老い」について

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ペンギンドクターより
その1

皆様
 猛烈な暑さが続いています。
 
 添付ファイルは、私が57歳になる直前に書いた文章です。「恩寵の時間‐その24」というのは、2003年5月にS病院の院長を辞めて、2004年4月から入職予定だったN病院の院長職まで、10カ月の間、医師になって初めてのゆったりした時間を得たということで、名付けました。その24というのは、その恩寵の時間を利用して週2回、A4版1枚のエッセイを書くことをノルマにしたので、その24番目という意味です。最終的には80数回、故郷のことや、中学・高校・大学の出来事などの文章を書きました。
 その24は「老い」について書いていますが、一昨日、3ヶ月前に読んだボーヴォワールの『老い』という有名な本の読書記録を綴っていたら、「病い」は本人にとっては自覚されているが、他者にはわからない、「老い」は本人は自覚していないものの他者にはよくわかるという彼女の文章があったので、私が昔書いた文章を思い出した次第です。
 彼女の『老い』は1970年に出版されています。もう50年も前です。この50年で平均寿命もずい分伸びました。今は、見たところお元気そうな老人が増えています。つまり、ボーヴォワールと私の意見はまるで反対と言える時代になってきていると思います。私の文章は、心ある人なら、見かけはともかく、自分の老いを自覚しているはずだ、それを誤魔化すことなく、権力のある人は若い人に地位をゆずるべきではないか、と言いたいわけです。そして、自分の「老い」を誤魔化すうちに完全に自分の老いを忘れてしまうので、例の「上級国民」のように、池袋で暴走による殺人を犯しているのに、自分は間違っていないと言い張ることになってしまう。また、某政治家のように状況を逸脱した「本音」が出てしまう。つまり、「老い」は時と場所を弁えることができなくなって、子どもの時の時代そのままとなってしまうわけです。時代の変化を忘れてしまう。情ない時代です。

 しかし、アメリカの大統領もどうみても老人ですし、独裁国家の権力者もどんどん老いてきています。17年ほど前に書いた私の文章も、今の時代とはそぐわなくなっていると思います。日本だけでなく世界中が若さを評価できなくなって、人類が老いてきているのかもしれません。
 救いは、オリンピックでの若い選手の活躍ぐらいでしょうか。
 

〈添付ファイル〉

「老い」について

恩寵の時間―その24

 人は老いる。
 私も、老いた。あと20日で57歳になる。昨日、2000メートルをノンストップ52分で泳いだ。5年前には考えられなかったほど進歩した。それでも私は老いた。
「老い」というのは、自分にしかわからない。他人と比較するものではない。比較の対象は、過去の自分である。

 人間には能力というものがある。もって生まれた得意不得意というものがある。たとえば、ここに二人の人間がいる。一人は、会社の社長、一人は農家の人、ともに65歳、社長は毎日人と接して営業活動に飛び回っている。農家の人は、あまり多くをしゃべらず、いつも腰の痛みを訴えている。二人のうち、どちらが老人だろうか?実は、二人とも65歳という意味で老人である。
 しかし、世の中では、70歳を過ぎても活発に発言し、ばりばりと働いている人がいる。あの人は、別格だと周りの人は言い、本人もそう信じている。多くの公的な役職をこなし、権力もある。彼の発言は重みを持って迎えられ、政治的な影響力もある。彼は、100歳まで生きるのだと秘かに思い、公的活動は80歳まではやれますよと周りに言われて悦に入っている。かつて意識した「老い」を忘れている。これこそ「老い」である。

 私が「老いた」と感じるのは、小さなひとつひとつの事実からである。
 歯が悪くなった。時々痛む、歯医者では異常ないという。私も歯医者で治療できるものではないと考えている。なぜなら「老い」が原因だから。
 目が悪くなった。老眼である。メガネを購入した。よく見える。これで外科医の寿命は10年延びた。そう思う一方、見えても目が疲れやすくなった。やはり「老い」である。
 膝が時に痛むようになった。数日休んだ後の水泳の時には、肩も痛む。「老いた」。
 これらの、小さな肉体の不調は、時に思考に影響する。
 記憶力が落ちた。新しい知識を身につけるのに、何度も同じ文献をひっくり返さなくてはならなくなった。医師を辞めて弁護士になるのは、無理のようだ。

 日本の衰退は、「老人」が幅を利かせているからである。彼らは、かつて「老い」を意識したことはあったが、「自分は他人より能力があるから」という理由をつけて、権力を譲らない。そのような権力者の下には、「媚びる」ことに長けた「若手」が集まり、権力の階段を登っていく。「追い落とされるかもしれない」ということを意識している「老人」は、そのような「若手」を自分の周りに集める。当然、日本は世界を相手に戦えない。
 日本医師会しかり。日本病院会しかり。厚生労働省OBの団体しかり。何とか、このような「老いた」人々の支配する官僚機構を突き崩すことは出来ないものだろうか?

(ブログ管理人より。ペンギンドクターから紹介されているMRICの井上弁護士の意見は次回掲載します。)