[612](寄稿)「自宅療養で今起きていること」

〈承前〉
ペンギンドクターより
その2
(MRICの記事の転送)

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自宅療養で今起きていること


医師 松本佐保姫


2021年8月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp

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肺炎などの症状のある中等症の新型コロナウイルス患者に関し、自宅療養とする、という政府発表に、社会が大きく揺れた。その後、与党内からも批判がでて酸素投与を必要とする中等症患者は入院と、また方針を転換した。政権が、与党が何を決めようが実際に現場では中等症はおろか重症の患者さんさえ、スムーズに入院させてあげることが出来ない。現実と、政策発表との間の乖離にまさに片腹痛しとはこのことである。政治家はまず現場を、と切に言いたい。

様々な報道で、自宅療養の現実が語られている。実際患者さんの口から、命の危険を感じたという訴えも多くある。ここでは私が、医師として経験したケースをお伝えしたい。

患者さんは54歳の女性で、元々高血圧症で定期的に通院していた。笑顔の素敵な女性で、お嬢さんのお話をいつも嬉しそうにされていたのが印象に残っている。内服で血圧はとても良好にコントロールされていた。ほかには特段の持病はなく、基礎疾患があるといえばコロナ感染症に関しては基礎疾患に当たるのだろうが、一見して大変お元気に生活されていた。

7月31日土曜日に37度5分の発熱で来院。採血検査で白血球の低下と単球の増加を認めこの時点でコロナが疑われる状況であったが、週末でありPCRのできる病院がすぐに見つからず、解熱剤を飲んで月曜日に体調を診て連絡するように指示。8月4日水曜日に患者さんから着電。お嬢さんがその後発熱し、PCRをしたところコロナ陽性であったためご本人もPCRを施行したらコロナ陽性であった。今朝あたりから呼吸が苦しくなってきたのでどうしたらよいか、と。発熱39度。酸素飽和度95%。咳が出ており、肺炎の発症が疑われた。保健所からは現時点では入院の適応はないこと、保健所から連絡するまで自宅待機の指示があったということだった。

緊急性はないものの肺炎の発症が疑われ、ステロイドの吸入をオンライン診療で処方し、酸素飽和度を継続して測定し93パーセントを下回るようならすぐに報告するようにと指示。翌木曜日、酸素飽和度が89パーセントになってしまった、少し歩いても息が切れる、食事が全くとれないという報告を受け、朝9時にいくつかの病院に入院の依頼電話をした。しかしながら、すべての病院でコロナ陽性が確定している場合は、保健所からの指示でしか入院を受け付けないと言われてしまう。

すぐに保健所に状況を報告。入院の適応があること、急を要することを伝える。わかりました、入院の手配をしましょうと。その後保健所に再三確認したが、入院先を探しています、の一言で、しかも入院が決まってもクリニックには連絡しませんと通告される。夜19時、患者さんからの状況報告。保健所からようやく電話がかかってきた。今日の時点では入院先の手配ができないので少し待ってください。明日連絡しますと。

酸素飽和度89%。熱39度。少し動いても息が切れる。食事がのどを通らず、頑張ってヨーグルトなどを食べていますと。先生ありがとうございますと、少し涙声で、でも頑張ります、と。頑張ってください。思わず声が大きくなる。うつぶせ寝を指示し、ステロイドの吸入を指示し、これ以上酸素飽和度が下がるようなら構わず救急要請をするように伝える。これで良いのだろうか、今夜もつだろうか、祈る思いで一晩を過ごす。

翌朝9時、患者さんに電話。酸素飽和度は84パーセント。熱は変わらず。うつぶせ寝、頑張りましたと。声は弱弱しいが、先生お手数かけてすみませんとおっしゃる。いや、私は何もしてあげられていないのだ。このまま放っておいたら、命にかかわることは間違いない。新型コロナウイルスは急性の感染症である。その場をしのげば必ず元気になれる病気だ。入院さえさせてあげられたら、酸素さえあれば、直ちに命にかかわることはないのに。私の両手の間から、命が零れ落ちていきそうな焦燥感にかられる。

保健所にすぐ連絡。直ちに救急搬送しないと、自宅療養中に亡くなってしまう、救急車を手配してほしいと伝える。30分後、患者さんから着電。保健所から、入院希望申請リストに載せましたとの連絡がありました、先生ありがとうございますとおっしゃる。患者さんは、おそらく私が思っているほどには状況がまずいことになっていると気が付いていないのだろう。入院希望リストどころではない、もうこれ以上酸素の低下が進行すれば意識がなくなってしまう状況なのだ。数時間、いや数十分の遅れで手遅れになりかねない。

私は自己判断で、患者さんに直ちに救急要請をするように伝えた。少なくとも救急隊が来てくれれば酸素を吸うことが出来る。時間を稼げれば死亡率は減る。保健所には、患者さんに救急要請を指示したことを伝えた。保健所は、入院先が決まらないで、たらいまわしになるかもしれませんねと。この期に及んで、保健所の指示を待たずに救急要請の指示を出した私に嫌味の一言を言わずにいられないのか。腹立たしいのを通り越して、むしろ気の毒にすらなる。保健所も一生懸命やっているのだろう。でも、追いついていないのだ。追いついていないのに仕事を抱え込んでいる。抱え込まざるを得ないシステムがある。30分後、某病院から受け入れ可能との連絡があり、保健所を介して患者さんは無事入院。やはり救急要請をしないと動かない部分もあるのか。おとなしく待っていてはだめなのだと痛感した。

あとから思い返せば、某病院はおそらく木曜日の時点でも受け入れが可能であったのではないかと、予想された。コロナ感染症に関しては、病院同士のやり取りが禁じられており、すべて保健所を通さなければいけない。このルールが現場の柔軟性を奪い、患者さんの生きる可能性を奪っている。保健所は保健所で、病院に入院要請をしても断られるという状況に陥っている。一生懸命やっているのに、誰からも責められ、気の毒である。

救急要請してしまえばベッドはあるのに、保健所の要請では入院を断られる。

この非常時に、臨機応変な対応が全くされていないというのが窮状の元凶ではないのか。人は人の作ったルールのせいで、不便を強いられているだけではないのか。

翌日、病室から患者さんが電話をくれた。レムデシビルの点滴が始まったら熱も下がって、すごく楽になった。酸素も94パーセントです。と、明るい声に力を感じた。入院できたことの安心感も大きいのだろう。入院までの3日間、どれだけ不安で苦しい思いをして過ごしたのかと思うといたたまれないが、もうおそらく大丈夫だ、という安堵が思わず目頭を熱くする。外来で待っていますね。この一言が言えて本当に良かったと思う。

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松本佐保姫

東京大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科・博士課程修了

三井記念病院内科研修、学術振興会特別研究員 東京大学医学部附属病院 特任助教を経て

2016年、江東区大島に、まつもとメディカルクリニック 開院

2018年、医療法人社団慈映会設立

2021年、江戸川区西葛西に西葛西メディカルクリニック 開院

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