[640]中国共産党「101年目」は「共同富裕」で資本主義の強化へ

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中国共産党「101年目」は「共同富裕」で資本主義の強化へ

 世界中で新型コロナ変異ウイルスによる感染症が再拡大しています。日本でも政府の無策によって医療体制が逼迫し、感染し症状がでた場合でも治療することが困難な状態となっています。そしてまた緊急事態宣言による営業規制などによって飲食、宿泊などのサービス業および関連企業の経営危機は進み労働者は失業したり、賃金切り下げによって生活が困難になっています。アメリカと政治的経済的軍事的に対立・抗争している中国でもすでに都市部若者をはじめとして労働者の失業が生みだされています。

 そういう状況のなかで8月17日に中国共産党第10回財経委員会が開催され習近平が重要な講話を行いました。


習近平講話「共同富裕」の実現
「小康社会」から「共同富裕」へ、毛沢東時代への先祖返り?


 8月17日の中国共産党の中央財経委員会で習近平総書記は「全人民の共同富裕を人民の幸福を実現する取り組みの重点とし、党の長期的な統治の基礎を絶え間なく固めねばならない。」と表明しました。

 「共同富裕」実現の方策として強調された「第3次分配」(寄付による分配)に呼応するかのように、IT大手テンセントが18日「共同富裕プロジェクト」を発表し、農村振興や低所得者向けの医療・教育支援事業などに500億元(約8500億円)を拠出すると発表。習近平講話を待っていたかのように大手企業が応えはじめたのです。アリババは1000億元(約1.7兆円)技術革新に向けた資金提供のほか、発展が遅れている地域の経済成長や農業近代化の支援、都市部と農村部の情報格差の解消などに資金を使うと発表。起業家の若者や、ギグエコノミーの担い手となる労働者らも支援するといいます。他にも経営者・資本家からの高額寄付や雇用労働者の待遇改善の動きが相次いで報じられています。

 この事態を8月30日付日本経済新聞のコラム「風見鶏」は「習氏が打ち出す政策が一歩一歩、毛沢東時代に近づいている」と述べています。


共同富裕の実現の目的は、中国資本主義社会の格差拡大に規制をかけ党官僚専制支配のもとで市場経済の持続的発展をはかること


 共同富裕とは常識的には富の格差を縮小して社会全体が豊かになるという意味ですが、習近平の言う共同富裕実現の意味するものはそう単純ではなさそうです。
 なぜ習近平は、1950年代に毛沢東が掲げたスローガンと字句上は同じものをこんにち表明したのでしょうか。その理由は大手企業の巨額の拠出の趣旨からとらえかえすことができます。テンセントは「農村振興や低所得者向けの医療・教育支援事業」にお金を出すといっています。これは農村が窮していること、医療・教育が受けられない低所得者が存在することを意味しています。アリババが「ギグエコノミーの担い手となる労働者の支援」を掲げているということは、従来の働き方である「会社に雇われて長期的な仕事を行う」こととは異なり、インターネットで仕事を探すいわば低賃金の日雇いの労働者が増加し中国でも社会問題化しているということを意味しているのです。

 習近平はこのような諸問題を1994年に経済学者・厲以寧(リーイーニン)が『株式制度と市場経済』のなかで提唱した「分配」理論の第3次分配を引きあいに出して市場経済を補強する方向で解決しようとしているのです。中国型社会主義を志向した毛沢東の「貧民救済主義」にもとづく「殺富済民」(富裕層から富を奪って貧困な労働者農民にわけあたえる)政策とはベクトルが逆なのです。

 人民日報社の『人民網』8月27日日本語版は共同富裕について解説しています。

 「これについて中央財経委員会弁公室の韓文秀副主任(通常業務担当)は、『共同富裕は共同奮闘を拠り所とする必要があり、それが基本的なアプローチだ。共同富裕の実現は、動態的に進んでいくプロセスであり、一挙に成し遂げるのは不可能だ。勤勉や革新による富裕化を奨励すると同時に、発展の過程での民生保障・改善を堅持し、基本的な公共サービスの均等化を着実に推進し、一次分配、再分配、三次分配の調整に関する基本的な制度設計を構築する必要がある』と指摘した。」

 ここでいっているのは、共同富裕は平等主義による一律的な所得分配ではなく、資本家と労働者は「共同奮闘」することが前提であり、「勤勉や革新による富裕化を奨励」するものだということなのです。つまり、労働者階級は富の「パイ」を大きくするために生産活動にはげむことが前提とされているのです。
 習近平は7月1日の共産党100周年の演説で「小康社会」(ややゆとりある社会)の達成を明らかにしました。急成長を遂げた中国型資本主義のひずみを資本家階級の棟梁である官僚として再構築をはかりはじめたということなのです。貧富の格差が広がり労働者階級の闘いを恐れる習近平は、官僚専制支配を強化するために中国資本主義経済社会の勝ち組に寄付をさせ労働者階級の生活貧窮を少しばかり緩めるための政策を導入し懐柔し始めたのです。


広がる貧富の差


 中国の上位20%の富裕層の可処分所得の平均は最下層20%の可処分所得の10倍以上。中国人の生活水準は大幅に向上しているが、格差を示すジニ指数は近年0.46~0.47で、社会騒乱多発の警戒ライン0.4を大きく超えています。この格差は中国政府のコロナ政策によってさらに加速度的に拡大する傾向にあるのです。生産・流通活動が大きく制限され、末端で働く低所得層ほど働く場を失い収入が圧迫されるのです。

 2019年中国は一人当たりGDPが1万米ドルを超え世界第二位となりましたが、富の集中が進行し、資産格差が一段と大きくなりました。2019年の中国人民銀行が全国約3万世帯を対象に行った調査によると、対象世帯を保有資産額に応じて均等に5区分した場合、最上位区分世帯の保有資産が全体の63%を占めているという結果が出ました。また最下位区分の世帯の保有資産は、全体の2.6%にすぎません。クレディ・スイスによると、中国富裕層の上位1%による富の占有率は2000年に20.9%だったが、15年に31.5%まで高まりました。20年には30.6%まで下がりましたが、過去20年間の上昇幅は日米欧やインド、ロシア、ブラジルよりも大きいのです。
 2020年5月28日、中国の首相・李克強は、全国人民代表大会の記者会見で「中国には月収1000元(約1万5000円)の人が6億人もいる」と広範な低賃金労働者の存在を明かしました。(朝日新聞、JBpressほか参照)


社会主義の初級段階」という名の資本主義大国・中国


 上述したように習近平毛沢東的「貧民救済主義」によって「公私合営」(民営会社を党に捧げる)を強制し毛沢東型「社会主義」に戻ろうとしているというわけではありません。
 日本の反対運動のなかには中国は資本主義国家とはいえない、ネオ・スターリン主義国家だという意見もあるようです。とすれば、共同富裕の闡明は「ネオ・スターリン主義中国」の党官僚政府が大独占企業にたいしてスターリン主義的統御にのりだしネオ・スターリン主義(中国型「社会主義」)の立場から資本主義的「暴走」にブレーキをかけはじめたということを意味することになります。
 「文化大革命の再来だ」という声も一部にあります。
 しかし「中国の特色ある社会主義」というのは資本家階級と労働者階級の利害対立を基礎とした資本主義官僚專制国家のことを意味しているのです。中国共産党マルクスの用語を使いますがその概念の内実はマルクスのそれとは似て非なるものです。

 習近平はいまの中国は「社会主義の初級段階」といいます。しかし社会主義社会とは資本家階級と労働者階級の階級対立は除去されて過渡期としてのプロレタリア独裁国家は死滅し賃金もなくなり等量労働交換にもとづいた分配がおこなわれる社会である、というのがマルクス主義の基本的把握なのです。
マルクス『ゴータ綱領批判』など参照)
 中国「社会主義」建設に行きづまり市場経済の導入によって危機をのりきろうとした鄧小平をはじめとする共産党の官僚たちは、1992年に「社会主義市場経済」というイデオロギーをつくって資本主義化を正当化し基礎づけたのです。鄧小平以後、中国共産党スターリン主義から「中国の特色ある社会主義」という名の中国型資本主義建設を党是とする党へと転向していまにいたっているのです。

 いまや中国はアメリカを凌ぐ資本主義大国なのです。「改革開放」によって「大股で時代に追いついた」(中国共産党100周年習演説)中国資本主義は必然的に富の偏在による貧困問題をうみだし、労働者階級の闘いにおびえているのです。習近平は共同富裕というスターリン主義毛沢東の用語を使って中国資本主義の経済成長を党官僚の統制と調整によって安定的に実現しようとしているにすぎないのです。


「第3次分配」


 中央財経委員会の習講話で注目を集めたのは、「第3次分配」という考え方です。中国の著名な経済学者、厲以寧(リーイーニン)が1994年に提唱したもので、経済活動による富の分配を「第1次」、徴税など政府権力による分配を「第2次」、個人や団体が自発的な寄付などで富を第三者に分け与えることを「第3次分配」と呼びました。いま習近平がこの学者の説に依拠すること自体にこんにちの中国の資本主義的本質があらわとなっているのです。

 毛沢東死後、復活した鄧小平は1978年に改革開放政策を導入し、中国経済を資本主義化しはじめました。1991年のソ連邦の自己崩壊の後、「ソ連の失敗」に促迫された鄧小平は1992年の中国共産党第14全大会で「社会主義市場経済」という虚偽のイデオロギーを党綱領に謳いました。もって「中国の特色ある社会主義建設」の名のもとに中国社会経済の資本主義的改造が本格的にはじまったのです。御用経済学者である厲以寧は打ち出された社会主義市場経済路線を経済学的に基礎づけました。
 格差拡大にたいする労働者階級の闘いをおそれる習近平は、中国の資本主義化政策を基礎づけた厲以寧理論をもちだして第3次分配という資本家的分配論をこんにち的にあらためて強調したのです。習近平イデオロギーは中華ナショナリズムをバックボーンとした資本家的なものになっており、毛沢東的貧民救済主義へゆりもどったというのは現象論的結果解釈です。
 
 厲以寧の分配論

 厲以寧のいう分配は、社会主義への過渡期社会における「労働に応じての分配」ではなく完全に資本主義的分配論です。

 厲以寧がいう第1の分配、経済活動による富の分配とは、賃金をもさしています。資本家は商品=労働市場において労働力と生産諸手段を購入し直接的生産過程においてそれらの使用価値を消費して新たな価値をうみだします。生産された新たな価値は資本家が取得します。したがって労働者は労働によって新たに生み出された価値の分け前をうけとるわけではありません。労働者の労働によって生みだされた剰余価値は資本家が合法的に取得するのです。これを搾取といいます。(資本の直接的生産過程において労働は「他人のための」労働として疎外されているのです。)
 商品=労働市場において労働者は資本家と「自由・平等」の契約関係をとりむすび、労働力は貨幣と等価交換されるというということであって、生産過程で新たに生み出される価値=パイ、その分け前を資本家から受けとるわけではないのです。賃金は、それが後払いであるという形式のゆえに、「労働の対価」「労働の価格」として現象します。しかしそれは仮象にすぎないのです。「労働の価格」としてあらわれる賃金の本質は労働力商品の価値であって労働力の価値の価格的表現が賃金なのです。パイの分け前が賃金であるというのはこの仮象に幻惑された謬論なのです。資本主義社会にあっては労働者階級は労働市場において自らの労働力を資本家に価値通りに売っているにすぎないのです。

 第2の徴税など政府権力による分配とは、政治権力が国家を統治するための財政を確保するために労働者階級と資本家階級から税金などを政治的に収奪したお金を統治のために必要に応じ行政的に配分することです。

 第3の分配は個人や団体が自発的な寄付などで富を第三者に分け与えることと言われています。中国共産党政府のお墨付きとバックアップをうけ巨額の利益を得た大独占企業から利益の一部を拠出させ、社会福祉・医療・労働政策に投入して労働力を維持保全したり、場合によっては賃金引き上げを促したりするのです。こうして貧窮した労働者階級が闘争にたちあがるのを抑制することがはかられるのです。これはどの国の資本家の政府も階級的統治をスムーズに行うために実施することです。

 厲以寧の理論は1992年に提起された中国型資本主義の理論ですが、習近平がそれを2021年の新型コロナ危機下の中国の経済政策にとりいれるのは、さらに中国資本主義が内包する危機を除去しアメリカ資本主義と対抗する道に踏みだすことを表明したということなのです。これからも中国の権力者は経済的政治的危機の犠牲を労働者階級に転嫁するためにさまざまの方策を考えるでしょう。「共同富裕」を押しだすのに先立って、すでに6月深圳で賃金の抑制がはじまっています。

 中国共産党の厳しい弾圧に直面して雌伏する香港の労働者学生、中国の労働者の闘いと日本の労働者階級は新型コロナ危機のなかで連帯していくことが必要だと思います。

    労働運動の再生を目指す労働組合