[655](寄稿)医療を拒否した人々

ペンギンドクターより
その2

医療を拒否した人々


 私自身が経験した「医療拒否」「治療拒否」の人々についてまとめてみたいと

思います。しかし、新型コロナの時代ですから、昨今日本でも話題を集めているコロナワクチン接種を拒否する人についてのアメリカのニュースから始めます。


●ワクチン反対派女性がコロナ死、遺言は「子どもに必ず接種受けさせて」米

 2021年8月20日(金)配信 AFPBB News    M3経由です

【AFP=時事】米テキサス州で、新型コロナウイルスワクチン接種を拒否していた4人の子を持つ女性が、同ウイルスに感染して死亡した。夫も新型ウイルスで亡くした女性の遺言は「子どもたちに必ずワクチン接種を受けさせて」だった。

 ラマルクという小さな町でピアノ教師をしていたリディア・ロドリゲスさん(42)は、16日に死亡した。2週間前には、夫のローレンスさん(49)が、新型ウイルスに感染して死亡したばかりだった。


 リディアさんのいとこのドッティ・ジョーンズさんが地元テレビ局ABC13に語ったところによると、ロドリゲス夫妻はワクチンを信じておらず、リディアさんが考えを改めた時には、手遅れだったという。

 ジョーンズさんは、「彼女(リディアさん)が挿管される前に姉妹に言い残した言葉の一つは、『子どもたちに必ずワクチン接種を受けさせて』だった」と述べた。「ワクチン接種をしていれば、今も子どもたちのそばにいられたのに」

 看護師のジョーンズさんは、ワクチン接種を受けるようリディアさんを説得しようとしたが、できなかったという。

 ジョーンズさんは、「人々が誤った情報を信じていることがただただ悲しい」と述べた。「誤った情報が人々の命を奪っており、私たちは真実を公表しなければならない」

 ジョーンズさんは、ロドリゲス夫妻の子どもたちを支援するため募金活動を行い、この話を公にすることで人々の意識を高め、ワクチン接種を呼び掛けることを決めた。


 「これは私たちの親族に実際に起きていることで、実際に起こり得る話だ」とジョーンズさんは述べ、「みなさんを怖がらせようとしているわけではない。ただ、新型ウイルスが実在し、(変異株)デルタ株はこれまでになく厳しいものであることを理解してほしい」と訴えた。

●いかがですか。アメリカは皆様ご存知のように、トランプに代表される「共和党系」(共和党はトランプの出現により大きく変質したようですが)の支持者に多くのワクチン否定論者がいて、ワクチン接種者数は全国民の半数を超えた後、停滞しています。恐らく上記のようなワクチン拒否が死亡につながったというニュースもワクチン拒否論者は「陰謀論」「フェイクニュース」だと言って信用しない人々がいるのではないでしょうか。

 一方、日本においても少数とはいえ、「ワクチン接種を陰謀」と決めつける一群の人々がいます。さらに一部の医師はコロナワクチン否定を公然と発言しています。確かにワクチンによる副反応で死に至ったというケースはゼロではないでしょう。さらに長期的にどのようなワクチンによる弊害が出てくるか、世界中で手探りの状態であることも確かです。しかし、現実にワクチン接種によって死亡者が大きく減少したというデータが世界や日本で報告されています。何を信じていいのか、専門家と称する連中も玉石混淆で難しい時代です。様々なニュースを収集して自分なりの判断をするしかないと私自身は日夜情報収集に努めています。

話題が飛びます。

 HPVワクチンすなわち子宮頸がんワクチンの積極的勧奨を政府が2013年6月に差し控えて8年3ヶ月になりますが、田村厚労相(8年前も田村厚労相でした)が閣議後本日9月17日(金)ようやく正式に「可能であれば10月から専門家による評価、検討に着手できればと考えている」と発表しました。

 このHPVワクチンの問題をみれば、今の日本の新型コロナワクチン接種の遅れなど、当然だとわかります。つまり、新型コロナワクチンとHPVワクチンには根底に共通の問題が潜んでいます。医療界(HPVワクチンについては産婦人科学会・癌関連学会は積極的勧奨再開を訴えてきていた)だけでなく政府・厚労省の先送り・優柔不断さ、マスコミの科学的思考の欠如など日本国民全体の衰退の象徴でもあるとさえ言えます。この話はここまでとしますが、新型コロナウイルスワクチン接種を声高に叫びながら、一方世界の孤児となってしまったHPVワクチン接種の停止(厚労省は停止ではなく積極的に勧奨していないだけである、今も医師と対象者の判断で接種していいとしていますと弁明するでしょう)がそのままになっているのは、矛盾も矛盾、根本的なワクチンの評価など不可能である……。


 さて、私の文章の本来の目的である、「医療を拒否した人々」です。

 クリニックでたまたま出会った女性の未治療の乳がんの話から始めます。以前少しお話しました。

 H・Sさん、1955年生まれの66歳女性です。2020年7月8日私の外来に初診です。高血圧の薬や腰痛の痛み止めなどを希望して来院しました。問診の時、4年前に乳がんと診断されたが治療は拒否していると本人が話しました。その後、一年余り経過し、歩くのも杖を手放せず、やせが目立ち痛みは増強してついに今年2021年9月1日在宅医療を希望して、別の在宅医療専門クリニックへ移り、私たちの元を去っていきました。

 紆余曲折はあったのですが、大雑把にまとめますと、T市に自宅があり、今から5年ほど前、県がんセンターで乳がんの診断で手術の予定でしたが、数か月先になると聞いて、別の病院を受診し、諸検査、病理学的にも乳癌が確定して手術予定となったものの、以後音信不通状態(病院に問い合わせて判明しました)となりました。

 家庭的には夫がT市に在住、しかし本人は息子の仕事を手伝うために、K市に移住しアパートを借りて一人暮らしです。夫には「自分の好きにする」と宣言し医療費なども自分の自由分があると言っていました。乳癌の治療は一切しないことで、家族も納得していると言っていました。自分でいろいろ調べて乳がんのこともわかっていると言っていました。しかし、息子が同席して医師と患者が話したことは一度もありません。薬だけ取りに息子(息子には家族もいるようです)が来たことはあるようです。もちろん夫はK市に来てはいません。


 長くなるので時系列的に話をするのは止めて私のこの女性およびこの女性の乳がんについての見解を述べます。

 まず乳がんについてです。乳がんは一般的におとなしいガンです。したがって、患者さんは元気です。しかし乳がんの場合、本人も自分でがんを触れることができるので進行状況がわかります。また圧倒的に女性に多く、しかも乳房という女性にとって特に大切な臓器ですので、治療について様々に悩むことになります。

 そこにワクチン否定論者の場合と同じく、医師免許証をもった「えせ専門家」などが登場する余地が出てきます。また、そこには不況下にある出版界などのつけいる余地が出てきます。どういうことかというと、がん治療否定論者やワクチン否定論者には固定したコアな読者層がいるということで、常に出版社にとって相当程度の売り上げが予測できます。そこで出版社も医師免許証を有する「えせ専門家」に企画を提示し次々と巷にそれ関係の本があふれることになります。

 例えば、本来放射線治療医だった近藤誠医師が「検診否定論」「がん放置論」「がんもどき論」「ワクチン否定論」についての本を書くことになります。彼は当初は日本におけるパイオニア的な乳がん放射線治療医だったのですが、「堕落」してしまいました。乳がんについて、かつて何でもかんでも乳房全摘、徹底的なリンパ節郭清手術だった「外科主導」の日本の乳がん治療を、近藤医師が中心となってアメリカの「乳房温存・放射線照射」の考え方を導入した功績がありました。しかし、余勢を駆り行き過ぎてしまいました。「がんもどき論」「がん放置論」(ガンには本来のがん【診断がついた時にはすでに微小転移しているので手術は無意味】とガンもどき【転移はしないので放置していてかまわない、不都合な症状が出てからの治療で十分である】などです。さらにはがん検診は無意味だというデータのつまみ食い的な彼の考え方も問題です。もっと悪いことには、「がん」と「がんもどき」の区別はつかないので、実際にどのように対応すべきか、問題になります。

 結果として、上記の女性のように「がん」治療を拒否する患者さんがしばしば見られることになりました。


 しかし、「がん」は放置すれば必ず進行します。腫瘍ですから。良性腫瘍と悪性腫瘍の区別は、転移能力のあるなしと考えてよいでしょう。「がん」というのは悪性腫瘍のことです。腫瘍の定義は何か。「無制限に増殖する」のが腫瘍の定義です。遅いか速いかは別として腫瘍は必ず大きくなります。自然消退すなわち、いつのまにか消えたというのは、「肝細胞癌」にその例がありますが、これは稀な例外です。

 乳がんがゆっくり発育すると言っても、ある閾値を超えれば、以後急速に増大します。考え方としては、がんを有する人の「免疫力」の閾値を超えたら、がんが優勢になって、一気に図に乗りがんは勝利へまい進する(といっても、がんも持ち主の患者さんとともに死ぬことになりますが)ということでしょう。

 しかもがん治療否定患者をそそのかす医師は、一般的にそのがん患者の死亡診断書を書くという務めを果たしません。要するに本には書いても、最後まで面倒をみるわけではないのです。つまり、放置して患者さんの死に至る過程を自ら経験し、その様子を本に書くことはないのです。


 ある意味で治療を拒否する人々の混乱は自己責任だけではなく、医療界やマスコミ界の犠牲者でもあると私は考え、この女性を「やっかいな人に遭遇した」と腹の中では思っても、表面上は受け入れて、外来のたびごとに「がん」というもの「乳がん」というものについて、また「がんで死ぬこと」について、私の経験を話しました。今は元気だが、腰痛はがんの転移の可能性が大であり、必ず痛みは増強するし、ある時点で一気に弱ってくるし、最後は肺転移で呼吸困難になってくる、麻薬を使う状況になると伝えてきました。この8月の私との最後の診察時に彼女は「もっと先のことだと思っていましたが、先生のおっしゃる通りでした。……」と言っていました。

 それまでの約一年間、彼女の要求するままに鎮痛剤を増量し、20-30分かけて私の経験を手を変え品を変え話し、ナースを同席させて介護保険の申請を促したりしていました。また一度家族を含めて話した方がいいと伝えていました。彼女は「いろいろネットで調べてわかっています」と言っていましたが、もちろん彼女はわかってはいません。その証拠に腰痛についてもネットで調べていろいろな医者や接骨医を受診していました。接骨医(免許は柔道整復師であり、医師ではなく当然放射線診断は不可能で、乳癌の骨転移などの知識はなく、マッサージや湿布などの対症療法のみですが、コロナ下で受診者が減っているせいか、施療を続ければ治ると断言し、多少の効果もあるので患者も通い続ける)についても私は否定しましたが、実際の痛みに対応してくれるので、患者は受診を続ける結果となっていました。しかし、痛みがコントロール不能になれば彼女もわかると思い、最後は在宅医療になると考えていました。ただし、在宅医療では私はパートの医師であり、私が担当するわけではないということも伝えていました。

 また院長(心臓外科医から在宅医療へ転身)にもこういう「やっかいな患者」がいるというのは伝えていました。理事長(整形外科医から在宅医療へ転身。在宅医療の草分け)にも一度腰痛で受診させましたが、彼女はじゃけんにされたらしく、以後理事長への受診は拒否しました。院長の外来はたまに受診し、腫瘍マーカーなどの採血検査を受けて、拒否反応は見せていませんでした。

 しかし、院長ががんの現状(乳がんの骨の転移などの全身の状況)の精査にJ医大を受診させたのですが、検査をしたもののなぜかその結果を聞くための再診察は放棄してしまいました。J医大の乳腺担当はほぼ全てが女性であり、彼女の状況に理解を示し彼女の治療拒否も否定的にのみ見ないので大丈夫と思ったのですが、ダメでした。「検査結果の説明に担当の先生はあなたを待っていたと思うよ」と告げたら、「腰が痛くて行けないと電話で断りました」と彼女は答えました。これは明らかに“嘘”です。


 結論を急ぎましょう。

 院長も優秀な人ですが、元が心臓外科医のせいもあるでしょう、このようながんの末期の患者の痛みコントロールは経験も少なく、「在宅医療になってもこのような自分勝手な女性の対応は結局不可能になる……。最後まで面倒は見ることはできないと思う」とのことであり、自治医大などの緩和医療科などに受診させるのがいいのではないかという結論でした。私がその旨本人に告げました。その後、彼女は「家族と相談したらT市の自宅ががんセンターの近くなのでそちらに戻ることにした」と言って帰っていきました。ところが、一週間後、またK市に戻り「やはり向こうはダメだった」と自分でインターネット経由の在宅医療専門クリニックを探して9月1日そちらに受診することになった次第です。

 そのクリニックは、院長によれば「どんな在宅患者も受け入れる」という評判でした。要するに在宅医療はある意味で経営的に収入はいいので、経営上すべて受け入れてくれるクリニックもあるのです。ただし、ホームページを見ても院長の交代が頻繁なようで問題がありそうなクリニックでした。

 しかし、私としては安心しました。要するに死亡診断書を書いてくれる医師がいてくれればいいのです。現状では通院は不可能であり、真の意味で介護をしてくれる家族がいるとは思えません。それでも訪問介護訪問看護、訪問医療は、随分弱っているので介護保険上、十分可能ですし、麻薬の使用も医師が麻薬使用許可証をもっていれば、いくらでも可能です。


 私の結論です。医療を拒否することは個人の自由であるが、死ぬときは医師に頼むしかない、つまり、死亡診断書あるいは死体検案書がなければ葬ることはできません。死んでからのことですから、まあ死んだ本人にとってはどうでもいいことですが。

 もし私が5年前にこの患者さんに出会って乳がんの診断をしていたら、どうなっていたか、手術をするように説得できていたか、わかりません。いろいろ家庭的にも問題があったように感じます。それに、手術をして抗がん剤を投与するパターンになっても、5年後の今の状況、全身転移と死亡への道筋を変えることができたかどうか、わかりません。このへんが、「えせ専門家」のつけ入る余地となります。


 長くなったので、他の経験は簡単にお話します。J医大において入院患者年間約3000名の入院の順番などを私がコントロールしていた時のことです。同時に食道がん胃がんの実際の治療に携わっていました。

 50代の男性で建設業の早期胃癌に近い進行度の患者さんです。私自身がこの人と話してはいません。入院予約となっていたので、手術日程をある程度決めて、入院の日時を連絡しても本人が来ません。家族が「入院・手術がいやだと仕事に出かけて行方不明です」とのことで謝罪に見えました。もう一度スケジュールを組みなおしたのですが、同じことの繰り返しでした。明確な「がんの告知」以前の時代ですから、今のようにあっさりと「がんを宣告する時代」なら、別の反応もあったかもしれません。要するに手術が怖かったのでしょう。私としては、自己責任と思っても、もう一度私にできることをしよう、それでもダメならそれで自分の任務は果たしたとしていました。その患者さんのその後は知りません。

 またこれは5-6年ほど前のことですが、今の病院の検診の仕事でのことです。胃の内視鏡をした50代の男性で、中等度の進行度の患者さんがいました。数年前に早期胃癌の診断が他院でついていて、「手術拒否」をしていた人でした。ナースは「手術も治療もしないのなら、検診を受けなければいいのに」と怒っていましたが、「進み具合」を知りたかったのかもしれません。ちゃんとした会社員のようでしたから、「えせ専門家」の影響なのかもしれません。私はこういう人に立ち入った質問はしません。個人の自由です。ただ、私が最初に診断していれば、どうしたろうかと考えてしまいます。

続編を書くつもりはありますが、きょうはこのへんで。

      ペンギンドクター


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