ペンギンドクターより
その2
読書について、少し述べます。
先日、トマ・ピケティ著『21世紀の資本』を読了しました。原文は2013年に刊行され、邦訳は2014年12月8日第1刷、12月22日第4刷とみすず書房から大量に増刷されたベストセラーでした。私も2015年に池袋ジュンク堂にて購入しましたが、エスカレーターを降りたすぐ前に100冊前後平積みになっていました。注など100ページを除いた本文だけでも600ページ余りあり、とても気楽に読める本ではありません。一時上の娘の前夫が貸してくれというので貸しましたが、当然未読のまま回収しました。本が戻って来てからも私は読む気にならずしばらく放置していました。4ヶ月ほど前に思い立ってようやく読み始めたのです。どういうやり方で読んだかというと、実は検診の仕事の合間に読んだのです。
検診の仕事は、9時から1時間程度は次から次へと診察で忙しいのですが、その後パラパラと受診者がみえるぐらいで、暇になります。私の場合、朝早く来て数日間の上部消化管のレントゲン写真の読影がありますが、検診そのものは10時以降2時間近く診察室でひとりになる時間があります。コロナ以前はこの2時間ですべての内視鏡の結果説明をしていました。ところが、コロナ発生以降、原則的に結果説明は省略となりました。他の医師はともかく、私は昔は胃がんの専門家でしたから、胃の内視鏡結果説明では胃における「ピロリ菌」の意味など熱心に説明していました。今はどうしてもと希望する受診者がいるくらいであり、私はこの診察のあいまの時間を、分厚い読みにくい硬い本の読書に充てることにしたのです。ボーボワール『老い』とかアントニオ・ネグリ、マイケル・ハート『<帝国>』、デヴィッド・ハーヴェイ『経済的理性の狂気』などはこうしたやり方で読みました。分厚い本なので寝転がって読むことはできず、椅子に座って背を伸ばしている仕事のあいまが最もこういう本に適していたのです。難しい本なので、理解できないところも多いのですが、とにかく進む、わからないことは無視して数ページだけでも字面を追って、折り込みを入れていく、中断箇所にしおりを入れて目印はつけておく。自宅で読むことはしない。検診のあいまだけがこの本の読書時間と決めていました。
さて、ピケティ『21世紀の資本』です。ピケティは1971年フランス生まれ。パリ経済学校経済学教授、社会科学高等研究院(EHESS)教授です。裏表紙の本分より抜粋したコピー(広告文)を記します。
「本書の答えは、これまでの研究者が使えたものよりもはるかに広範な、長期的で比較可能なデータに基づいた答えとなっている…格差の根底にある仕組みについて、もっと深い理解を与えてくれるような、新しい理論的な枠組みに基づいたものである」
「1970年代以来、所得格差は富裕国で大幅に増大した。特にこれは米国に顕著だった。米国では、2000年代における所得の集中は、1910年代の水準に戻ってしまった――それどころか、少し上回るほどになっている」
「私の理論における格差拡大の主要な力は、市場の不完全性とは何ら関係ない…その正反対だ。資本市場が完全になればなるほど、資本収益率rが経済成長率gを上回る可能性も高まる」
「格差の問題を経済分析の核心に戻して、19世紀に提起された問題を考え始める時期はとうに来ているのだ」(本文より)
これだけではわかりにくいと思います。人類が平等に近かったのは第一次・第二次世界大戦の直後ぐらいであって、その後富の格差は米国のみならずヨーロッパ・アジアすべての地域で拡大してきている。それを是正するには資本税、つまり富裕層が所有している資本に累進課税をかけるしかないとピケティは述べています。
ピケティはそのことを述べるために母国フランス(フランス革命によって1800年前後からフランスでは税の徴収記録が整備されて残っているようです)の過去のデータを詳細に検討しています。また可能な限り他の国(実際は記録がないことが多い)のデータも収集しています。この本が日本でこの種の本としては異例のベストセラーになるだけの説得力があります。
あの佐藤優ももちろん読んでいて、ピケティと佐藤優の対談の本もあります。今日はこのへんにしておきます。これから競馬の有馬記念を女房と見ますので。
つづく