[809](寄稿)本の紹介『医療崩壊 真犯人は誰だ』

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ペンギンドクターより 〈2月25日(金)〉
その1

皆様
 寒い日が続いていますが、ようやく明日からは春の陽気になるようです。女房は昨日ようやく3度目のワクチン接種を受けて今朝は少し微熱があるとか、テレビ体操は私一人でやりました。ゴキゴキと節々が鳴り、体操をしているという実感が伴います。昨日は午前中の仕事の後、税務署に確定申告をした帰り、強風の中歩いて8000歩のノルマを達成しました。もうすぐ3月、春はすぐそこと期待しています。
 ロシアがウクライナに侵攻しました。旧ソ連邦の時代でもロシアとウクライナとは歴史的に以前から確執があり、問題は単純ではないようです。新聞やネットでも、いろいろな情勢分析がなされていて、私はどう判断していいのか今はわかりません。在ロシア連邦日本国大使館勤務の経験のある佐藤優はこの問題を様々な視点から述べています。戦争は始めるよりも終わらせるのが難しいと言います。私自身は緊張感をもって今後の経過を見守るしかありません。日米欧とロシアとの対決で最も漁夫の利を占めるのは中国であることは確かであり、日本の立ち位置はますます難しくなると思われます。

 転送するMRICの情報は、保健師さんの意見です。具体的で説得力があります。現場にいる者の意見は無視できないものが多いのは事実ですが、保健所職員の主張と、私が一人の現場の医師として主張する意見とはどうしても衝突します。その相反する意見をいかに調整するかが問われています。それはそれとして、第一線の保健所の職員の仕事を知るには格好の主張です。以前ある保健所長の主張を転送しましたが、今回の方が具体的で役に立つと思いました。参考になれば幸いです。
(編集者註∶保健所職員の主張は次回紹介します。)

 別のニュースですが、島根県出雲保健所長がオミクロン株の蔓延の初期に次のようなことを言っていました。今まで一日10人程度の感染者の時は濃厚接触者等しかるべき対応が可能だったが、連日40人ほどになってもはや対応できないとのこと、私はその程度でお手上げとは、まだまだ島根県は少ないなと思いました。その後島根県も蔓延防止地域の申請をしました。感染者数が多くなれば、真面目に濃厚接触者を追うのは、当然無理な相談です。

 女房が調べてくれた直近の感染者数をお知らせします。
●人口10万人当たり週間感染者数
1大阪府 830
2東京都 678
3奈良県 576
4兵庫県 554
5神奈川県 542
6京都府 530
7愛知県 500
8埼玉県 491
9滋賀県 485
10千葉県 475
11福岡県
12北海道
13茨城県 325
47島根県
 

今日は一冊の本を紹介します。
鈴木亘医療崩壊 真犯人は誰だ』(講談社現代新書、2021年11月20日第1刷発行)

 著者の鈴木亘氏の略歴です。
1970年、兵庫県に生まれる。専門は医療経済学、社会保障論、福祉経済学。医療経済学会理事・事務局長。上智大学経済学部卒業後、日本銀行入行。大阪大学大学院にて経済学博士号取得。日本経済研究センター研究員などを経て、現在、学習院大学経済学部教授。政府の行政改革推進会議構成員を務めているほか、これまでも国家戦略特区ワーキンググループ委員、規制改革会議専門委員などを務めた。著書に『健康政策の経済分析レセプトデータによる評価と提言』『生活保護の経済分析』(共に共著、東京大学出版会、日経・経済図書文化賞)、『経済学者 日本の最貧困地域に挑む』(東京経済新報社)、『財政危機と社会保障』『社会保障亡国論』(共に講談社現代新書)などがある。
 内容ですが、目次を示します。
はじめに
第一章 世界一の病床大国で起きた「医療崩壊
第二章 容疑者1:少ない医療スタッフ
第三章 容疑者2:多過ぎる民間病院
第四章 容疑者3:小規模の病院
第五章 容疑者4:フル稼働できない大病院
第六章 容疑者5:病院間の不連携・非協力体制
第七章 容疑者6:「地域医療構想」の呪縛
第八章 容疑者7:政府のガバナンス不足
第九章 医療体制改革の好機を逃すな
おわりに

著者は経歴からみても政府よりの人物と言えますが、内容は現在の日本の医療体制がよくまとめられていますし、日本医師会厚労省国立大学病院長会議などに対しても適切な批判を加えていて、説得力があります。国立病院機構NHOや地域医療機能推進機構JCHOにも言及しています。
 今回の医療崩壊・医療逼迫の犯人は主犯従犯それぞれですが、次のような結論と私は本文から判断しました。順番は①が最も重罪と言えます。政府・厚労省の無策はともかく、②の病院間の連携は現状では最も重要と考えます。
①政府のガバナンス不足
②病院間の不連携・非協力体制
③フル稼働できない大病院
④小規模の病院
 興味ある方は原文を読んでいただくとして、
 地域包括医療体制の成功例として著者が挙げている例が三つあります。
●長野県松本医療圏:臥雲松本市長が中心となった。
 松本市立病院(215床)のコロナ病床を37床に増床とした。相澤病院(スケート小平さんの勤務先でもある)(460床)、信州大学付属病院(717床)、国立病院機構まつもと医療センター(458床)、長野県立こども病院(180床)などに加えて多くの病院が連携した。以前から「松本広域圏救急・災害医療協議会」があって情報や危機感が共有できていた。ただしまとめ役が不在だったが、今回は「臥雲市長」が決断する役割を担ったことでスムースに任務分担が可能となった。
●東京都杉並区:田中良区長が中心となった。
 区内4つの民間基幹病院に区の単独予算による損失補償を行うことにした。
 河北総合病院(331床)、荻窪病院(252床)、佼成病院(340床)、東京衛生アドベンチスト病院(186床)をいわば「みなし公立病院」に指定して、コロナ患者の集約化をしてもらう契約(新型コロナウイルス感染症に対する入院・外来医療体制強化事業に関する協定の締結)を行った。毎週のように招集される「杉並区医療崩壊阻止緊急対策会議」が常設されている。
●東京都墨田区:西塚至墨田区保健所長が中心となった。
 東京都立墨東病院(765床、コロナ患者用の重症病床14床)、東京曳舟病院(200床)、同愛記念病院(403床、現在は2床の重症病床あり)、東京都済生会向島病院(102床)、賛育会病院(199床)が重症・中等症以下の分担を行い、さらに区内の10の病院に対して迅速に回復した患者さんを引き受けるため、区の単独予算から1病院あたり1000万円の補助を行い、回復者向けの一般病床56床を確保した。保健所が中心となり、墨田区役所、墨田区の医師会幹部と区内の全病院の間で毎週ウェブ会議(病院部会)を行い、情報交換や転院調整を行っている。・・・・・・。また墨田区では重症者を生まないように、自宅療養者全員にパルスオキシメーターを配布したり、区の医師会の協力で、自宅療養者や宿泊所療養者に対して、訪問診療やオンライン診療を実施している。

以上、いずれも中心になる人物がいて、常設の連携組織があり、地域の基幹病院・中小病院さらには医師会もそこに関与していれば、十分な連携が可能でしょう。その場合、一開業医も自分の患者さんが重症化した場合の入院先で保健所を煩わせることは無くなると思います。特にそれぞれが日常的に情報交換ができていることが重要だと思います。

 なお、第八章の「政府のガバナンス不足」の項で著者は、
 「コロナ禍は想定外ではなかった」(p149-150)で
 新型インフルエンザ等対策特別措置法(特措法)が制定され、2013年に詳細な「政府行動計画」が策定(2017年改定)されているとのこと。これらを読むと、まるで「予言の書」ではないかと思うほど、今回のコロナ禍と類似した感染の進捗状況と、その段階別に行うべき対策が網羅されているとのことです。
 著者の言葉「これだけ立派な行動計画があったのに、なぜ、今回のコロナ禍でそれが十分に生かされていないのか、誠に不思議です。」
 それが日本の現実です。今日はこのへんで。
つづく