[854](寄稿)医療あれこれ(その65)続き

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ペンギンドクターより
その1

皆様
 暖かいというより、暑いという表現がぴったりの昨日今日です。
 本日は、標題のようなMRICのニュースを転送します。この大西睦子さんもMRICの常連です。言われるまでもなく運動の価値は十分ご存知でしょうが、具体的なデータを見せてもらうと納得できると思います。参考になれば幸いです。
(編集者註:次々回に紹介します。)
 それはそれとして、私の方からは、いくつかの情報をお送りします。
 まず、NHKの番組「ハートネットTV 在宅ケアの幸せレシピ 管理栄養士潮田さんの仕事」ですが、私は録画して拝聴しました。大変興味深い内容でした。歯科医の医師と管理栄養士潮田さんが主として担っている在宅ケアと言えます。5月13日(金)19:30からは総合テレビでも再放送があるようですので、御覧になればきっと役に立つと思います。私は潮田さんの頑張りに敬服しました。

 さらに、先日お伝えした70歳男性のベッドから転落した患者さんの「血気胸」の件ですが、分かりにくかったと思いますので解説します。専門医として心臓血管外科が外来で経過を診るということに、まずは違和感を持たれたと思います。もともと医大では、胸部外科の中に心臓血管外科と呼吸器外科がありました(今は分かれています)。「血気胸」というのは呼吸器外科が担当するわけです。しかし、たまたま市民病院では外来に「呼吸器外科」がなくて「心臓血管外科」が一部の呼吸器関係をも診察可能なために、あのような患者さん報告が戻ってきたということです。まるで、あの患者さんの「血気胸」が心臓と関連していると受け止められる文章で誤解を招いたかもしれません。追加しておきます。
 「血気胸」がどのような機序で発生するのかについて、略述します。「血気胸」は「気胸」と「血胸」に分けられます。ともに交通事故などの重大な外傷により肋骨骨折などが発生し、折れた肋骨が肺を損傷することで、胸腔内に血液が溜まったり、損傷した肺から空気が漏れて、「気胸」を起こす、すなわち肺自身は縮んでしまうという状態です。私が診察した70歳の男性に肋骨骨折があったかどうかについては、コメントがなく否定的です。
 従って、彼がベッドから落ちて左胸を打撲した時に、なぜ「血気胸」となったか、私の推定を述べます。
 私が胸部レントゲン写真を撮った時の体位は立位です。前後方向の一枚の写真だけです。わずかな胸水を左側に認めましたが、気胸には気づきませんでした。胸水ありとして患者さんを送った市民病院では、精密検査として背臥位で撮影する単純CT検査を行ったはずです。この検査で初めて気胸がわかったと推定されます。つまり、それぐらい僅かな「血気胸」だったので、入院ではなく、外来で経過観察となったのでしょう。
 では、それほど強い打撲でもないベッドからの転落でどのようにして「血気胸」が起こったか、さらに推定すれば、患者さんの左胸には、ずっと以前の炎症(例えば肺結核や細菌性肺炎でもいいのですが、胸膜炎があった可能性を疑う)により、ちょうど打撲した箇所周辺に胸膜の癒着があったのではないでしょうか。その癒着が打撲により軽度だが剥がれてわずかな出血と空気の漏れを起こしたと思います。重症化しないですんだのは幸いですが、その可能性はゼロではなかったでしょう。際どいケースでした。こういうことがあるから、根が臆病な私は、そろそろ潮時と考えるわけです。平均寿命まであと7年、他人のことを気にしないで、残されたやりたいことをやって死にたいと思う日々です。コロナの2年余りは貴重な時間を奪われたという気持ちはありますが、職を奪われて増加している若年女性の自殺率のことを考えるとより胸が痛みます。佐藤優斎藤環『なぜ人に会うのはつらいのか』(中公新書ラクレ、2022年1月10日発行)33ページに女性の自殺増加率の具体的データがあります。

 「特発性気胸」というしばしば見られる肺疾患があります。この典型的な患者像は、10代から20代のやせて背の高い男性です。これは、急激な身長の伸びによる胸郭の長軸方向の発育に、肺実質の成長が追いつかず、「肺胞」「終末気管支」「細気管支」などの生育のない「空洞」ともいえる「ブラ(のう胞)」がいくつかあって、それが破裂するのが、病気の本体です。私自身もしばしばこの患者さんに遭遇しました。治療法としては、気胸を起して縮んだ肺のある胸郭に局所麻酔でチューブを入れて、もれた空気を抜いて縮んだ肺を膨らませます。次々と空気が漏れる場合は、手術的にこのブラ(のう胞)を切除します。

 「緊張性気胸」というレッドフラッグ(緊急対応を要する)疾患もあります。これは胸腔内に漏れた空気がどんどん増加して反対側のまともな肺の酸素交換も不可能にするとともに、心臓の拍動を不可能にする状態です。これは、通常の胸部写真やCTなどを撮影する時間の余裕はなく、患者さんの状況から、経験ある医師が瞬時に判断して、胸郭にチューブをぶち込むという緊急性のある状態です。外傷による場合も多いのですが、COPDつまり肺気腫のある高齢者が増加している現状では、常に考慮しておく必要があると思います。

 また先日私の従兄のITP(特発性肺線維症)での死亡に言及しましたが、その際、「CO2ナルコーシス」という病態に言及しました。この名前をインターネットで検索すると、病態がわかりますが、要するに「呼吸不全のなれの果て」で、体内にCO2が異常にたまった状態に慣れてしまって、「息をしなくなる」状況です。私は従兄の長女の話から、「CO2ナルコーシス」の状態だと話したのです。略述します。
 人間の血液は通常はpH7.4とわずかにアルカリ性に維持されています。この維持のためには肺呼吸によるCO2の出し入れおよび腎臓による調節を受けています。このpHが7.4より酸性側で、呼吸性アシドーシス、代謝性アシドーシス、アルカリ性側で呼吸性アルカローシス、呼吸性アルカローシスの計4つに分けられます。これを詳しく述べるのは私の任ではありません。先日NHKBSの「ヒューマニエンス」の「呼吸」でも詳しく説明されていましたが、その呼吸の機能を調節するのが脳内にいくつかあるようです。私としては、実地に経験した例から略述します。

 まず、特発性肺線維症は、肺胞という酸素が入った袋とその周囲のその酸素を受け取る毛細血管との間の隔壁が線維化を起して、酸素が肺胞まで来ていても毛細血管に入れないという状態です。従って指の爪で検知するパルスオキシメーターの酸素飽和度が低下します。その際の対応としては酸素濃度を上げるわけです。21%の空気中の酸素に加えて酸素投与により、吸入する酸素濃度が高ければ、隔壁の線維化が起こっても血液の酸素濃度もある程度上がります。それで寿命が延びることになります。一方、CO2は線維化があっても酸素O2 よりも拡散能力があるので、換気回数を増やせば除去できます。ただそれにも限界があり、徐々に人間はたまってきたCO2により、若干酸性側に傾いた血液pHで日常生活を過ごすことになります。もっと具体的には慢性的にCO2の高値になれている状態です。だから健常人はCO2がたまると、脳のある部分が反応してハーハーと呼吸回数を増やすのですが、慢性の呼吸不全の患者さんは、CO2をはきだすための呼吸回数が増えなくなっています。そのような状態の患者さんの呼吸しようとする意欲は、「酸素O2 が足りない、呼吸しろ」という指令を脳が発することで息している状況です。

 そのような状況の患者さんにパルスオキシメーターで酸素飽和度が下がったからといって、投与酸素濃度をやみくもに増やすと呼吸そのものが停止することになります。

 したがって、慢性呼吸不全でCO2ナルコーシスの状態の人に、顔色が悪く、酸素が足りない状態にあるからといって、十分すぎる酸素を与えると呼吸停止により死亡することになります。つまり、苦しそうにハーハーと息している患者さんを周囲の人びと(医療者および家族)はじっと耐えて見守る必要があります。もちろん、一分一秒でも寿命を延ばしたいということであれば、人工呼吸器を装着すれば、生き延びられますが、人工呼吸器を装着したところで、肺線維症は進行するので、回復することはありません。要するに「寿命が尽きた」という状況です。
 私が病院の院長兼内科医をしていた時に、私の患者さんに「CO2ナルコーシス」の末期の患者さんがいて、家族にも末期だと十分説明していました。カルテには苦しそうにみえても、酸素投与は2リットル以上しないことと書き、ナースにも周知させていたのですが、ちょっと風変わりな当直のナースが、酸素投与を一気に5リットルに増やししかも酸素がもれないようにマスクを密着させたために呼吸停止し死亡したことがありました。ちょうど当直だった私は急いで家族を呼び出し、嘆く娘さんには「人工呼吸してもお母さんが苦しむだけだから、間に合わないと思って、私が代わりによく頑張ったと話しておいた」と伝えたことがあります。

 以上、最近お話した病態の解説でした。
つづく