[870](寄稿)「ロシア軍のウクライナ侵攻」問題、専門家

ペンギンドクターより
その2

 さて、「ロシア軍のウクライナ侵攻」問題です。前回、本当の専門家は「沈黙」と言いましたが、今の私のイメージする「専門家」は、佐藤優氏と廣瀬陽子氏です。佐藤優については後述しますが、まずは廣瀬氏です。

 廣瀬陽子『ハイブリッド戦争 ロシアの新しい国家戦略』(講談社現代新書、2021年2月20日第1刷発行)です。この本がロシア軍のウクライナ侵攻の一年前に発売されていることは重要です。廣瀬氏の略歴です。
 1972年東京都生まれ。慶應義塾大学総合政策学部教授。慶應義塾大学総合政策学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了・同博士課程単位取得退学。政策・メディア博士(慶應義塾大学)。専門は国際経済、コーカサスを中心とした旧ソ連地域研究。2018年~2020年には国家安全保障局顧問を務める。主な著作に『旧ソ連地域と紛争――石油・民族・テロをめぐる地政学』(慶應義塾大学出版会)、『コーカサス 国際関係の十字路』(集英社新書、2009年アジア・太平洋賞特別賞受賞)、『未承認国家と覇権なき世界』(NHKブックス)、『ロシアと中国 反米の戦略』(ちくま新書)などがある。

 新書とはいえ、347ページの分厚い本です。本体1200円です。恐らく今、東京の書店ではこの本が大増刷されて「平積み」になっているのではないでしょうか。私がこの本の解説する力はありませんが、プーチンロシアが何を考えているかは、この本に明瞭に書かれています。205-206ページには「プーチンの領土の判断基準」という項目があり、
 ・・・・・・一方、エストニア北東部、ラトビア東部、ベラルーシ全土、ウクライナ東部・南部・中央部、沿ドニエステル(しかし、当地以外のモルドヴァは除く。沿ドニエストルモルドヴァ内の未承認国家であり、ロシアの支援を受けている。モルドヴァはもともとルーマニアの一部であったが、第二次世界大戦時の独ソ不可侵条約の秘密議定書、いわゆるモロトフ・リッペントロップ議定書により、バルト三国とともにソ連に併合された)はロシア連邦に含まれるべき土地であるとプーチンは考えているという。・・・・・・。

 上記の文章には前後があり、部分的に取り出すのは文意を変えてしまう可能性がありますが、ウクライナ侵攻の必然性はプーチンにはあったと言えるでしょう。廣瀬氏のこの本はバランスの取れたいい本だと思います。彼女が言うには、軍事的なことは小泉悠氏の本がいいとのことです。
 また、日本の北方領土についてもプーチンは1ミリたりとも領土を返還する気はなかったと思われる、とその辺の経緯も述べています。要するに安倍・プーチン会談の滑稽さというか、二島返還がすぐに実現というような当時の論調は根室の人びとをさらに深い絶望に追い込んだとも言えるでしょう。当時、私は日本百名城めぐりで納沙布岬周辺でタクシーの運転手さんと話していました。
 佐藤優が奮闘した1991年暮れ(以前1992年と間違って書きました)のソ連崩壊前後、エリツィン大統領の時が二島返還が実現しうるチャンスだったのではないでしょうか。もともと歴史的には戦後まもなくの鳩山内閣の時に、二島返還で妥結しそうな機会を米国に邪魔されて実現せず、ソ連崩壊時はむしろ外務省などの日本側の四島返還固執に二島返還も実現せず・・・・・・鈴木宗男事件に絡んで佐藤優も外務省高官たちに裏切られ・・・・・・。外交は相手があることで、その時代時代の利害を異にする連中の跋扈する魑魅魍魎の世界なのかもしれません。
 ちょっと話題を変えて、廣瀬氏のこの本の30ページの表の軍事支出が高い国トップ10(2019年)を書き出します。支出額と対GDP比(%)です。
 1 米国 7318億ドル 2.1%
 2 中国 2611億ドル 3.4%
 3 インド 711億ドル 1.9%
 4 ロシア 651億ドル 2.4%
 5 サウジアラビア619億ドル 8.0%
 6 フランス 501億ドル 1.9%
 7 ドイツ 493億ドル 1.3%
 8 英国 487億ドル 1.7%
 9 日本 476億ドル 0.9%
 10 韓国 439億ドル 2.7%
 ドイツは一気に軍事費増額のようです。日本の自民党系というか右派系の人々が、軍事費の対GDP比2%と呼号しているのはこういう数字がもとになっているのでしょう。

 廣瀬氏が言いたいことは、ロシアの軍事支出は世界4位であるが、米国とは一桁低い数字であり、その意味で軍事には兵器のみならずあらゆる機会を使わなくてはならない。つまり、軍事的劣位状態にさらに陥らないために、ロシアは「ハイブリッド戦争」を以前から仕掛けているということです。そう考えれば、アメリカ大統領選挙に介入するのも当然ロシアがやったことだし、オリンピックの薬物疑惑も当然国家的な仕業だし、政敵を毒殺しようとするのもプーチンおよびその周辺の仕事と考えていいと私は思いました。明かなウクライナにおける残虐行為も西側の「フェイクニュース」だというのも、今に始まったことではないと言えると思います。
 とはいっても、米国の前大統領トランプもしばしば自分の都合の悪いニュースは「フェイク」だと居直っていましたし、それを支持するアメリカ人が半数近くいるのが現実です。日本の安倍前総理も明かな嘘を連発したとのこと、昔より情報が多いだけに、嘘か真実か分からない時代になりました。やれやれです。

 佐藤優の本については次回にします。暗い日々ですが、樹木や雑草の花を見ていると、季節は巡る、また元気を出すかという気持ちになれます。では、きょうはこのへんで。
つづく