[909](寄稿)胃がんとピロリ菌


ペンギンドクター
その2
([907]COVID―19、エマニュエル・トッドのつづき)

 さて、上記の文章は今日の本題ではありません。今日は胃ガンについてです。転送する斎藤医師の文章はそれなりにうまくまとめられていますが、歴史的に追加すべきことがあります。
(編集者註:斉藤医師の文章は明日紹介します。)
 私の胃がんに対する問題意識は、東アジアの医療先進国であるはずの日本、しかも「胃がん多発国」日本がなぜ胃がんの原因であるピロリ菌の「除菌」が遅れたのか、そのために多くの日本国民が胃がんによって死亡する結果になってしまった、そして、それに対して、政府・厚労省も学会すなわち胃がん研究者も総括していないという日本の現実に対する問題意識です。

 ●ヘリコバクターピロリ
 1874年にドイツ人がヒトの胃内にらせん状の細菌を認めていた。その存在には賛否両論があった。つまり、胃はPH1.5前後の強酸性なので細菌は住めないという先入感があったからです。
 1983年にオーストラリア人ウォレンとマーシャルが胃内のピロリ菌を再発見し培養法を確立した。
 1994年に国際がん研究機関(IARC)は「ピロリ菌」が「胃がんの病原体」であると発表した。
 2005年にウォレンとマーシャルはノーベル生理学・医学賞を受賞した。
 ●日本での状況(ピロリ菌除菌療法関連)
 2000年11月、胃潰瘍・十二指腸潰瘍の治療に「ピロリ菌除菌療法」を医療保険で認めた。
 2010年、胃MALTリンパ腫、特発性血小板減少症、胃早期がん内視鏡的粘膜切除後の除菌療法を医療保険で認めた。
 2011年、日本政府は胃がんの原因がピロリ菌であるという「国際がん研究機関」の主張を正しいと認めた。
 2013年2月、ようやく胃がんの発生原因としてのピロリ菌感染による慢性胃炎のピロリ菌除菌療法を医療保険適応とした。

 つまり、日本の胃がん発生防止の具体的な対策は世界の流れから約20年遅れたということになります。その原因はどこにあるのか、昨年だったか亡くなった杉村隆国立がんセンター名誉総長の事績から見てみたいと思います。
 ●杉村隆:1926年4月20日東京生まれ。生化学者。元国立がんセンター総長。元学士院院長。1949年東京大学医学部卒業。癌研究所、米国立がん研究所勤務を経て62年国立がんセンターに着任。生化学部長、東大医科学研究所教授(兼任)、がんセンター研究所長を経て84年総長、92年名誉総長。化学物質で動物に胃がんを作ったことなどの業績で78年文化勲章受章。著書に『がんと人間』『発がん物質』などがある。
 今私の手元には杉村隆『がんよ驕るなかれ』(岩波現代文庫、2000年2月16日第1刷発行)(原文は1994年9月、日経サイエンス社より刊行)があります。要するに杉村博士が日経新聞に「私の履歴書」を連載したことをまとめた本です。原本の発行が1994年ですから国際的には「ピロリ菌」が「胃がんの病原体」であると認められていた時です。さらにこの岩波現代文庫の「あとがき」にも「ピロリ菌」に対する言及はありません。
 つまり、「化学物質」で動物に胃がんを作ったことによって、日本の胃がんの発生には、細菌などが関与しているとは考えない流れができていたのではないかと推測されます。当時の胃がんの発生研究では、化学物質が主流で、がんセンターは「魚の皮の焼け焦げ」が胃がん発生の原因だと大々的にキャンペーンをしていました。・・・・・・。

 私も1978年前後に都立駒込病院病理科に在籍していて、病理部長が胃がんの病理の専門家でしたので、日本の胃がんの病理研究の会議に出席していました。だから、当時の胃がん研究の最前線の状況はわかります。私自身も当然ながら、胃がん発生に「感染症」が関与しているなどと夢にも思っていませんでした。
 日本は胃がんの多発国であり、抜きんでた胃がん研究の大国であり、胃の内視鏡の発達の先進国であることで、極めて早期の胃がんを発見するのはお家芸でした。胃がんの分類などでは優れた業績が山ほどありました。日本の胃がん研究者のプライドは極めて高かったのです。しかし、そのことが、むしろ足かせとなって、胃がんの発生を予防する具体的な対策に遅れてしまったことになります。
 私が見聞きした範囲でも、数多い研究者の数多い胃がん発生の原因究明研究は、ピロリ菌という細菌により、ゴミとなったと言えるでしょう。時間とお金の無駄遣いだったと結果的には言えます。なぜ、そういう結果になったのか、総括しないまま、当時の優れてはいるが、ピント外れだった研究者は当時若くても今はもう80歳以上になり、中心メンバーはすでに亡くなっています。今も日本胃がん学会は活発に研究発表しているようです。癌研の病院長が胃がん学会英文誌の編集長のはずで、数年前に彼に「胃がん研究の偉い先生の座談会をやって、なぜ日本の研究者は犯人がピロリ菌だというのを見つけられなかったのか、討論したらいいのではないか」と内輪の病院長就任祝いの席で言ったことがあります。でも、そういう時間はとれないだろうし、皆死んでしまったということになります。
 今日はこのへんで。

つづく