[978](寄稿)杉浦蒼大さんの留年騒動に感じる東京大学教養学部の怨念

ペンギンドクターより
その4
(承前)

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杉浦蒼大さんの留年騒動に感じる東京大学教養学部の怨念

 常磐病院医師
 尾崎章彦

 2022年8月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp

現在、東京大学教養学部理科三類2年生杉浦蒼大さんの留年騒動が世間を騒がせている。既に、彼自身が作成したサイト(https://sites.google.com/g.ecc.u-tokyo.ac.jp/sugiura-detail/ )
を含めて、様々な媒体で議論がなされているため、詳細は省く。ただ、要約すると、新型コロナウイルスへの感染のために、2022年前期に開講された基礎生命科学実験科目の授業に一部出席することができず、出席・点数が足りなくなってしまった結果、同科目が不合格の判定となってしまったとのことである。

 筆者は、東京大学教養学部理科三類に2004年に入学し、2年間を教養学部で過ごした。すなわち、杉浦さんの17年先輩ということになる。その立場から、今回の事例に関連して忘れられない経験がある。それは、私が教養学部に在籍していた時代にも、理科三類の同級生が、同じ科目で不可となり、留年したことだ。彼は、10回強の授業のうち部活で3回を欠席し、デッサンの課題もおざなりに提出していたという。その後、担当教官への直訴認められず彼は留年することになったが、今回話を聞こうと彼に連絡したところ、「今振り返れば、不合格で当然の内容だった」と、当時を振り返る。

 理科三類の学生(以下、理三生)には、教養学部を「不真面目に」過ごす生徒が少なくない。かく言う私もそうだった。東京大学には進学振り分けという独自のシステムが存在し、教養学部2年目前期までの成績で、進学できる学部が変わってくる。ただし、原則医学部への進学が決まっている理三生については、進学振り分けは関係ない。そのため、羽を伸ばして好きなことに勤しむ学生も多く、理科三類を、「教養学部ではなく、休養学部である」と揶揄するような言葉も、当時から存在した。

 そのような不真面目な理三生に対して、教養学部の教員が苦々しい思いを持っていたとしてもなんら不思議ではない。その点、穿った見方かもしれないが、今回の事例は、杉浦さんが、過去の理三生に対しての教養学部の怨念に晒されることで起きた事例のように捉えることもできる。その点、彼に対しては、不甲斐ない先輩の一人として、どこか申し訳ない思いもある。

 ただ、典型的な不真面目な理三生と彼を同列で扱うのは無理がある。最大の理由は、今回の事例がコロナ禍で起きたことだ。筆者は医療機関で勤務しているが、第七波の中で、誰が新型コロナウイルスに感染してもおかしくないという印象を持っている。実際、筆者が所属する医療機関においても、7月になり、職員・患者合わせて150人以上のクラスターが発生し、大きな痛手を被った。もちろん、感染対策は万全を期していた。そのような中、新型コロナウイルスへの感染を、全て個人の責任に帰してしまうのは、いささか極端に感じられる。

 加えて、彼はいわゆる典型的な不真面目な理三生とは異なっている。大学入学直後から、福島県の被災地に出入りし、被災地での健康調査や、新型コロナウイルスワクチンの効果を調べるために関して実施されているコホート調査を手伝ってきた。誰もが嫌がるような雑用も、淡々とこなす姿勢で、現地の研究者やスタッフから大いに信頼されていたと聞いている。

 筆者自身も、彼が入学した当時に自身の活動を紹介する機会があったが、様々な刺激に好奇心を持ち、取り組んでいく姿勢を眩しく思ったものだ。理科三類に入学して満足する学生、その後の目標が見つからない学生が多い中、将来を見据え、学校の枠を超えて、積極的に社会に関わっていこうとする姿勢は、率直に言って、賞賛に値する。

 その観点から、彼が現在受けている仕打ちには納得し難い思いがある。本来、若者を応援するべき大人が、彼らの足を引っ張って何になるのだろうか。教養学部は不正防止・公平性の観点から、救済措置に頑なに反対しているようだが、彼が求めているのは、新型コロナウイルスへの感染で受けることができなかった授業の補講や救済措置に過ぎない。また、進学振り分けで有利になるような良い点数を狙っているわけではなく、単位を取得し、医学部への進学を希望しているだけだ。

 無論、コロナ感染を理由とした救済措置の撤廃という判断に教養学部が至るまでに、制度を悪用したであろう輩が多くいたであろうことは想像に難くない。おそらく利点欠点を勘案した上での苦渋の判断だっただろう。ただ、一年早く社会に出ることができれば、杉浦さんには、それだけ多く患者や社会に貢献する機会もあるということを意味する。そもそも、杉浦さんは、東大が自ら合格させることを選んだ学生のはずだ。どうか意固地になることなく、志ある若者を支え、必要なチャンスをあげるような、そのような母校であって欲しいと願う。

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