[1021](寄稿)医療あれこれ(その68)

ペンギンドクターより

その1 

皆様
 お彼岸も過ぎて涼しい日々が続きます。いかがお暮しですか。
 今回はMRICからの情報で某医師が実際にコロナに感染したというニュースを転送します。(編集者より∶次々回紹介します)コロナ体験記としても興味深い報告です。「風邪」でいいのでしょうが、結構辛そうです。東大の医学生の留年問題にも自分の状況から同情的です。実際に感染経験のある人の話には説得力があります。  

 MRICからの情報の転送とは別に、今回は思いつくままに四方山話をします。お付き合いください。


 塩野義製薬の抗ウイルス薬エンシトレルビル「商品名ゾコーバ」についての二つの学会からの提言批判が続いています。
 ●オミ株出現で激変、新薬候補には疑義
 グローバルヘルスケアクリニック院長・水野泰孝氏に聞く

メディカルトリビューン 2022年9月16日17:15
 日本感染症学会と日本化学療法学会が今年9月2日に共同で厚生労働省に提出した「新型コロナウイルス感染症における喫緊の課題と解決策に関する提言」、および8日に発表した提言の「補足説明」については、内容が塩野義製薬が開発中のCOVID‐19治療薬「ゾコーバ」の緊急承認などを要請するものであったため、医師や学会員からの批判が相次いだ。この問題を実地医療の場でCOVID‐19患者の診療に当たっている臨床医はどう見るのか――。上記クリニックの院長の水野泰孝氏(ペンギンドクター註:水野氏は頻繁にNHKニュースに現場からの報告医師として登場していました)に聞いた。同氏はオミクロン株の出現により、新規COVID‐19治療薬の必要性は低くなったと考えている。

▲見えない力が働いた
 ――エンシトレルビルの第Ⅲ相試験の結果が出ていないタイミングで、二つの学会が緊急承認を求める提言を出したことについての率直な感想は。
 「何か見えない力が働いた」ということは誰もが思うところだと思う。私は両学会の評議員を務めているが、今回の提言については理事会の決定事項との発表で評議員を含む学会員には何も知らされていなかった。

 9月2日付提言の「主提言等に関する説明と要望」で示された項目
  1、早期診断・早期治療の重要性
  2、新規抗ウイルス薬の必要性

  3、抗ウイルス効果の意義
     4、緊急承認制度適応、承認済薬の適応  拡大の必要性
 

 ▲軽症から中等症の患者に治療薬の大きな恩恵は実感し難い
  ――提言では「60歳未満の重症化リスクがない軽症~中等症COVID‐19患者にも投与できる抗ウイルス薬が必要である」としている。そのような患者に積極的に抗ウイルス薬を使うことについてはどのように考えるか。
 まず、早期診断および早期治療の重要性は明確である。昨年12月24日に重症化リスクが高い患者に対する国内初の経口薬として米・メルク開発のモルヌピラビル(商品名ラゲブリオ)が特例承認された時は、発症早期に患者を診断するクリニックなどにおいて早期治療が可能になったことに大きな進歩を実感した。

 しかし、年が明けオミクロン株に置き換わりが進むにつれて軽症者が多くを占めるようになり、治療薬により臨床症状が著明に改善したと実感する患者は多くはなかった。もちろん重症化が回避できた可能性も十分にありうるが、リスクのある患者でも投薬時に既に改善している場合も少なくなく、患者自身が処方を希望しないこともあった。
 現在でも、高齢者や基礎疾患を持つ患者で治療薬を希望する場合にはモルヌピラビルを院内処方しているが、下痢や嘔吐などの副作用が出現し、処方を中止した症例も経験した。決して安価な薬剤ではないことに鑑みると、軽症~中等症の患者に抗ウイルス薬を投与することに大きな恩恵があるとは思えない。
 今回緊急承認が要請されたエンシトレルビルについても、既に使用されているモルヌピラビルやニルマトレルビル/リトナビル(商品名パキロビッドパック)に比べて、主要な臨床症状の改善効果が認められているのであれば検討の余地はあるとかんがえられるが、残念ながらこれまでで示されているデータからは優位性は実証されていない。
 今後の予期できない大規模流行や新たな変異株の出現に備えた治療選択肢の1つとして緊急承認という位置づけという理解もあるかもしれないが、少なくとも開示データが不足している段階で、しかも重症化のリスクがない対象への新薬の必要性を、専門学会として提言することには疑問を感じざるをえない。

 ▲「緊急承認」の必要性にも懐疑
 ――そもそも、緊急承認制度は米国の緊急使用許可(EUA)を手本に導入されたが、この制度は日本で機能しているか。
 日本の緊急承認制度(今年5月に創設)そのものについては、国内で有効な治療薬がなく、海外で明確な安全性や有効性が示された場合には有用だと考える。例えば、トランプ前大統領に投与された抗体カクテル療法(商品名ロナプリーフ)が直ちに臨床導入されるようなケースなどは適切な事例ではないか。
 ただし今回のエンシトレルビルについては、前述のようにCOVID‐19に対する治療状況が大きく変わりつつある今、果たして緊急承認が必要かという点で多くの人から批判が出たのだろう。

 ▲予防薬としての使用には期待も
 ――エンシトレルビルの第Ⅲ相試験への期待は。
 軽症者が多くを占める現状で、症状の改善に関して有意差を示すのは難しいかもしれない。その一方で、ウイルス量の減少効果が見られた点は大いに評価できるものであり、内服による療養期間の短縮や二次感染回避など、社会機能の維持に貢献できる可能性もある。ただし、より多くの人がその恩恵を受けるためには、明確なガイドラインに基づく使用法および潤沢な薬剤供給体制の構築、さらに高過ぎない薬価での流通など課題は多いだろう。

 以上、実際に多くのCOVID‐19患者を診療している臨床医の主張でした。私自身も経験したことですが、薬剤には必ず副作用があります。使わないですむのなら薬は使いたくない。医師および薬剤師国家試験には重症の薬剤副作用の事例がしばしば登場しています。日常的に使われている降圧薬でも私自身がアムロジピンで下腿浮腫、ACE阻害薬で空咳という厄介な副作用を経験しました。ARB系降圧薬では今のところは落ち着いています。
 水野医師の抗ウイルス薬使用経験は現場の医師の実感がこもっています。「予防薬としての使用には期待も」という意見には国産の抗ウイルス薬への切実な期待が寄せられていると言っていいでしょう。私も同感です。


 ただ二つの学会、その理事会には時代の変化を読めない、日本の医療界の閉鎖性というか愚かさをを感じます。
 

 射殺された安部元首相の国葬問題に見られるように、昔なら(インターネットのない時代と言っていいかも)長期政権を維持した元首相が暗殺されたのですから、死者を悼むという気持ちで葬儀がつつがなく行なわれていたかもしれません。詳細は省きますが、時代は変化したのです。もちろん背景には日本経済の閉塞感もあると思います。要するに日本人の基層に「不満が鬱積」していると感じます。
 脱線ですが、吉田元首相を国葬としたのは佐藤栄作首相でしたが、彼は以前幹事長時代に疑獄事件で逮捕寸前だったのを吉田内閣犬養法相の指揮権発動で命拾いした前歴がありました。昔昭和史のいろいろな本を読んでいて、なるほど、「佐藤さんは吉田さんを国葬にするわけだ」と納得したことを覚えています。当時も今も「国葬」には政権の政治的思惑がつきものといえるのではないでしょうか。
 話が脱線しましたが、上記の二つの学会、感染症学会、化学療法学会には抗生物質などの薬剤が付き物です。いろいろな利害関係が絡む以上、理事会も時代の変化に敏感でないと「公的機関」としての信頼を失うことになります。内部で警告を発するまともな人材はいなかったのでしょうか。あるいは、まともな人材は理事にはなれないのかもしれません。

つづく