[1050](寄稿)本の話 向坂逸郎『マルクス・エンゲルス選集第13巻 マルクス伝』について

ペンギンドクターより
その2
本の話をひとつ。
 数日前に、向坂逸郎マルクス・エンゲルス選集第13巻 マルクス伝』(昭和37年5月30日発行、昭和41年7月20日8刷)を読み終わりました。昭和41(1966)年以降に購入したはずですから、50年以上前ということになります。購入時には読んでいませんから、購入後、ほぼ55年経って読んだことになります。1966年といえば、私が大学に入学した年です。実はこの年、私は母と鷺宮向坂逸郎宅を訪問しています。なぜか向坂さんは母と知り合いだったからです。それで母が私が大学に合格したことを報告に私を連れて行ったのです。上記の本は母が購入したのかもしれません。
 
 向坂逸郎(1897―1985)(マルクス経済学者)は福岡県生まれ。東京大学経済学部卒業、九州大学教授。1922年11月から1925年5月までドイツ・ベルリンに留学し、1926年九州大学教授に就任しています。しかし当時はいわゆる軍国主義の時代ですから1928年には九州大学を追放させられています。投獄された経験もあります。戦後に九州大学に復帰して1950年代から三井三池闘争(炭坑争議)を主導しています。その後も左派社会党社会主義協会派のブレインでした。
 宝島社『日本の「黒幕」100の名言』(2017年8月21日第1刷発行)の中の向坂の言葉に
 「ソ連人の教養というものは日本とはくらべものにならない。はるかに高いです。自由もね。日本とはくらべものにならない」
 と明言しています。……向坂にとってソ連は神聖なる「総本山」で、ソ連軍によるチェコ侵攻やアフガン侵攻などの侵略行為も、さまざまな理由をつけて公然と擁護。社会党が政権を取れば、日本国憲法は即、社会主義憲法に改訂されるなどといったことも公言していた。……(p83)
 
 当時の向坂宅での記憶はほとんどないのですが、普通の学生向けの自著を貰って帰りました。その本は最近まであったように思いますが、今は見当たりません。向坂さんは穏やかな学者という感じだったことは覚えています。上記の『マルクス伝』はマルクスの生い立ちから始まって、向坂さんにとっての神様であるマルクスの思想や交友関係などよくここまで調べたというほど、見事なものです。『マルクス・エンゲルス選集全16巻』はほぼ全体を向坂逸郎が編集したようです。このような選集を新潮社が発行しているのですから、昭和30年代の空気が推測されます。
 向坂さんは完璧な「スターリニスト」と言えるかもしれません。ただし、彼の厖大な蔵書(1920年代のドイツの超インフレ時代に買い集めた原書など)は法政大学の所有になっているようです。世界的にも比べようのないマルクス関係の著書があるようです。
 なぜこんな話をしたかというと、60歳で常勤医を辞めたのは、家にある本を少しずつでも読むことが大きな目的でした。本というものは時代を映す鏡です。もちろん文学も音楽もそうです。医療は本質的には他人のために尽くすことです。常勤医を辞めて良かったというのが今の私です。自分の時間が持てるようになりましたから。
 では今日はこのへんで。
つづく