[1091](寄稿)医療いろいろ(その71)ー「不妊治療」の件

ペンギンドクターより

その3

 転送する「不妊治療」の件です。菅内閣の英断で不妊治療に保険がきくようになったことが評価されています。現在、出産14例のうち、1例は不妊治療の結果の誕生です。10年足らず以前は16人に1人でしたから、少子化社会で不妊治療は重要性が増しています。参考までに転送します。

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 不妊治療の保険適用拡大から半年あまりが経過して

 こまえクリニック
 放生勲


2022年11月15日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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 菅内閣時代の重要政策の1つ、不妊治療の保険適用の拡大が、この4月より実施され、半年余りが経過した。そしてそれに伴う変化は、私の予想をはるかに超えている。
 
 保険適用拡大の何よりも大きな点は、それまで自由診療であった人工授精のみならず、体外受精、顕微授精などの補助生殖技術(Assisted Reproductive Technology 以下、ART)が保険適用となった ことにある。医療費が高額なARTが保険適用になったことのインパクトは大きく、そのことが不妊治療に大きな変化と流動化をもたらしている。

◆内科医が不妊診療にかかわる理由

 ここで、私の立場を述べておきたい。私は東京の郊外、狛江市で内科のクリニックを開設して23年余りが経過した。私はクリニック開設以前に、夫婦で4年間不妊治療を経験し、その診療に大きな違和感を覚えたことが、後に私に「不妊ルーム」というものを設置させた。私はクリニックの開設からしばらくして、内科のホームページの片隅に、「不妊でお悩みの方へ」というページを置いた。それがいわば「不妊ルーム」の原点であるが、そのページに反応して、ポツポツと患者さんが訪れるようになり、それからしばらくして不妊に悩むカップルのフォローアップも行うようになった。そしてこうした流れで、「不妊ルーム」は20年余り続いている。したがって私がこれから述べることは、「不妊ルーム」での定点観測に基づいている。
 
 
◆ARTを普及させた3つのイノベーション

 話を不妊治療の保険適用拡大に戻し、とりわけARTにフォーカスして考えてみたい。保険適用拡大の理解ためには、ARTがなぜ現在のように世界的に普及したのか、その経緯を知っておくことが有用である。ARTの普及には、3つのイノベーションが相次いで起きたことが大きく寄与している。
 
 最初に起きたイノベーションは、英国での1978年の体外受精児、ルイーズ・ブラウンの誕生である。両側の卵管が閉塞している母親の卵巣から、腹腔鏡を用いて排卵前の卵子を取り出し、体の外で受精させ、受精卵(胚)を子宮に戻すという手技で誕生したルイーズ・ブラウンは、当初「試験管ベイビー」などと呼ばれた。また、当時のローマ法王ヨハネ・パウロ2世が、生命の操作につながるとして反対声明を出すなど、世界的なセンセーションを巻き起こした。そして、それに続く世界各国での体外受精は、同様の方法でおこなわれ、日本における1983年の最初の体外受精児も例外ではなかった。

 しかし1980年代の後半に入ると「経膣採卵」が可能になった。これは腹部からの超音波ガイド下に、膣から卵巣に採卵針を刺して、卵胞液とともに卵子を採取する方法である。これによって採卵は極めて簡便なものとなった。すなわち、採卵という体外受精における最も外科的なプロセスが、手術室から外来へとシフトしたわけである。経膣採卵の登場によって、体外受精は世界的な普及へのエンジンを身につけたと言える。

 しかしながら体外受精が普及しても、男性側の精子が極端に少ない乏精子症や、高度の精子無力症においては、体外受精という手段は有効な方法ではなかった。この問題のブレイクスルーは1992年に、ベルギーのパレルモによってもたらされた。その方法とは、健全な精子を1つ注射針で吸い取り、それを卵子の細胞質内に直接注入する、「卵細胞質内精子注入法:Intra-Cytoplasmic Sperm Injection(ICSI)」 
である。そして、その有効性が世界中で確認されると、ICSI=顕微授精となった。顕微授精はその後、適用を広げ、現在ARTを全例、顕微授精でおこなう医療機関もある。

体外受精」「経膣採卵」「顕微授精」の3つのイノベーションにより、今日ARTは、世界的な普及を見せているのである。
 

◆わが国におけるART医療の特殊性
 
 こうしたARTの外来シフトの流れの中で、1990年代の初めから、わが国のART医療は特殊な展開を見せる。それは、大学病院などで経験を積んだ医師が、個人のクリニックを開設し、そこでARTを行うということが一般化してきたのである。現在ではART医療の主軸は大学病院などの大病院から、個人のクリニックにシフトした。
 
 このことにより、ART医療におけるスキル・ノウハウ等は、個人のクリニックにファイルされることとなり、体外受精の技術は、いわばラーメン屋の「秘伝のスープ」のごとく、門外不出のものも多い。その結果、ART医療の技術、そして成績は、医療機関における大きな格差を生むことにもなった。個人のクリニックに太刀打ちできず、高度生殖医療から撤退した大学病院も多い。
 
 しかし体外受精・顕微授精が行われるようになって30年が経過するも、ART医療における妊娠率は20%(対移植、新鮮胚)、その妊娠が無事経過し、出産までに至る生産率は5%(対採卵)と低い水準にある(日本産科婦人科学会報告2020年による)。この成功率の低い医療に、今年の3月まで1回あたり、400,000円~800,000円、医療機関によっては2,000,000円という、とても高額な医療費が患者に請求されていたわけである。それで、十数年前より、こうした高額医療に対しては、自治体を介して、体外受精1回あたり、150,000円~300,000円の公的助成が行われてきた。
◆公的助成と保険適用の大きな違いは何か

 公的助成も保険診療も、つまるところ税金によって助成するわけであるから、一見さして違いがないように思われる。しかしながら、公的助成と保険適用では、性質がまるで異なる。
 
 公的助成は「ART医療を行う患者そのものを助成する」わけであり、国や自治体は、医療機関に対しては何ら介入を行わない。したがって自由診療であるARTは、医療機関の意のままに行われ、そのことがART医療のバリエーションを大きくし、医療機関間の格差も大きくした。

 しかし、保険適用においては、当然のことながら、厚生労働省がきめ細かに検査・治療内容を策定している。したがって、医療機関は、そのフレームからはみ出る検査・治療は行えない。私は、厚生労働省のホームページで、内容を詳しく見てみたが、十分に「妊娠」という結果が出せるものである。実際、保険適用ARTでの妊娠の報告が、私のもとに数多く届いてる。
 
 最近二人目を妊娠されたSさん(42歳)は、2015年12月に当院初診の方。パートナーに高度の乏精子症があり、体外受精で、採卵9回、移植4回おこなうも妊娠に至らず、「不妊ルーム」に見えた。その時までに、4,000,000円を超える医療費を使っている。私は、2016年2月にART医療機関を紹介した。2度の採卵、1回の胚移植で妊娠するも、医療費は1,000,000円を超えたという。そして、37歳で第一子を授かった。
 
 この度、第二子希望で当院に来院されたのであるが、彼女は42歳になっていた。保険適用ぎりぎりである。そして、私が再度ART医療機関を紹介したところ、1回の体外受精、その後の移植で、妊娠となった。彼女が支払った医療費のトータルは、130,000円あまりだったという。彼女が「キツネにつままれたみたいです」というのは、その通りだろう。

 この半年余りの間に、ART医療を行う医療機関は、大きく3つに分かれてきた。1つ目は、厚生労働省の指針に従い、保険適用範囲内でART医療を実施する医療機関である。2つ目は、保険診療におけるART医療は、制約があまりにも大きいと考え、これまで通りART医療は自由診療で行う医療機関である。そして3つ目は、ホームページなどで保険診療の実施を掲載しておきながら、実際に受診すると、医師が保険診療の問題点を色々と指摘し、患者を自由診療に誘導する医療機関である。
 
 こうした不妊治療が混沌とした状況の中にあって、患者が正しいリテラシーを持って、医療機関を選ぶことはほんとうに難しい。なぜなら医療機関のホームページは、広告色が強いからであり、実態とかけ離れた妊娠率が踊っているからである。そうした状況にコンパスを与えたいと思い、私は『令和版 ポジティブ妊娠レッスン』( 
 https://www.amazon.co.jp/dp/4391158612/ )を上梓することにした。
 
 保険適用拡大後のART医療は混沌としてきている。その一方で私は、不妊治療の保険適用拡大は、これからART医療を整理・整頓するポテンシャルを秘めていると感じており、今後の推移に注目している。この点に関しては、また別の機会に私見を述べてみたいと思う。

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