[1230](寄稿)医療あれこれ(その81)ー2

ペンギンドクターより
その2
 
 さて、具体的なお話になります。先日ちょっとお話しました、ある医師会病院の院長から相談された「大腸がんの肝転移を血管腫」と「誤診」した件ですが、その後彼から相談はありません。
 ただ、私なりに調査してみました。彼の所属する病院の規模や医師についてです。すると大体のイメージが出来てきました。以下は推定です。その病院は公式には255ベッドありますが、常勤医は5人です。医師会の病院ですので、開業医の先生が自分の患者さんを入院させて受け持っている可能性はあります。院長である昔私の下にいた医師は70歳です。外科医として手術もしているはずです。別に外科部長がいますが、こちらも私がよく知っている医師で外科の基本は私が教えました。他の常勤医は内科医と整形外科医、病理医のようです。放射線科医は常勤ではいません。
 従って、クレームのあった患者さんのCT写真は、院内で撮影したうえで、放射線科の専門医にパートで来てもらって読影してもらうか、専門医のいる施設に写真を電送して読影してもらっているはずです。その場合、放射線科の専門家は、写真だけをみて判断しているはずです。つまり、その患者さんが過去に「大腸がん」の手術をしたという情報がない可能性があります。専門家であればある程プロ意識として「写真一枚」で診断する方がより優秀だという矜持もあるでしょう。しかし、患者さんの手術をした院長・外科部長は、目の前の生きた患者その人を知っているはずです。専門家から返ってきた、「血管腫」という診断を鵜呑みにしてはいけません。つまり、こういうことです。
 肝臓における「血管腫」は血流が豊富です。大腸がんの肝転移は一般に「血流は多くない」のが多い。しかしゼロではない。もとの大腸がんのタイプに依ります。つまり、血流の多い大腸がんなら、肝転移も血流が多く、「血管腫」に似た写真となります。
 私のように、もともと臆病で根が疑い深い人間ですから、様々な想像をします。また多くの経験から、専門家がすべて正しいとは言えないことも知っています。しかし担当医の院長も70歳、いろいろ忙しかったのかもしれません。それで放射線科医のレポートをそのまま伝えてしまったのでしょう。
 
 ちょっと話を変えます。医療の現場では、対象は人間です。人間は死にます。特に病気は高齢者に多い。高齢者は様々な臓器にガタが来ています。家にいてコロッと死ぬことがあります。当然病院や施設にいて単に寝ていたり、歩いていたりして死ぬことがあります。その上、そういう老人が検査や手術というストレスを与えられる状況では、死亡率は高まります。糖尿病とか高血圧とかは全身の病気です。内科外来を担当して20年足らずの私でも私の前で診察の前にウっと言って死んだ患者さんが何人かいらっしゃいます。まだ何もしていないのに……。つまり、生物である人間は死ぬべく運命づけられた存在です。「医療の進歩」は確かにありますが、「老化」が無くなったわけではありません。私たち夫婦が視聴しているNHKBSの「ヒューマニエンス」では様々な最新情報を教えてくれますが、まだ「不死」の特集はありません。「医療ミス」はゼロにできなくとも常に減らす努力はすべきですが、一般の人びとが考えるような「医療事故」は必ず起こることになっています。
 
 添付ファイル(編集者註:前回紹介した「『医療の安全』神話」)で私が述べたいのは、要するに現実を直視すべきだということです。また起こり得ることを予測してその対応を前もって考えておくということです。
 東日本大震災で、原発事故がありましたが、「十分二重三重の安全対策をしている。放射線漏れなどあり得ないから、想定外の対策など考えなくていい」ということになっていました。もしそういう万一の対策などを検討すると、原発反対者から批判される……。即時原発廃止をめざす反対者にも言いたいことがあります。万一のことを考えるのが東京電力の務めなのだから、万一の検討をすると鬼の首をとったように批判するのではなく、原発があるという現実は現実として「大いに万一の対策を考えてくれ」と要求すべきだったのです。ただし将来的に絶対廃止すべきだと私は考える……ともちろん追加することになります。
 もっと刺戟的なことを言えば、昔、実際は1963年(昭和38年)自衛隊が「三矢研究」という朝鮮半島での第二次朝鮮戦争が起ったときの陸海空自衛隊の対応をシミュレーションする研究が問題になったことがあります。当時の私はまだ高校生だったでしょうか。何が問題なのかあまり深く考えてはいませんでしたが、実際に動員される自衛隊なら、様々な可能性を考えておいていいと思います。起こり得る可能性があれば、そのための情報を収集し対応を検討する、それはイデオロギーを超えた専門家の務めだと思いながら、様々な本を読む日々です。
 
 具体的な医療事故の経験は山ほどあります。昭和天皇を手術した森岡先生(1930年生まれ、年賀状が今も来ます)が、関係のある教授連中の退官記念の祝辞に「◍◍先生、まずは後に手が回るようなことにならなくて良かった」と述べて、その教授が苦笑いしていましたが、医療に従事する医師にとって「医療事故」は当然よくあることです。実は森岡先生には添付ファイルの文章を、当時日本医師会副会長でもありましたから、先生の著書が送られてきたときのお礼に同封して送りました。「相変らずペンギンらしい」と思われたことでしょう。
 いずれ機会があれば具体的に述べましょう。「医療事故」や「医療ミス」は臨床医にとって大変勉強になる分野です。なぜそれが起こったか研究し総括しなければ、予防は出来ないからです。
つづく