[1119](寄稿)医療あれこれ その72ー2

ペンギンドクターより

その2

 私が医者になってまもなくまる50年になります。大学生活はストライキの一年余があり7年、25歳で医者ですから50年になるわけです。60歳で常勤を辞めましたから、ひたすら忙しい自分の時間のない生活は35年間でした。同級生たちも私が常勤医を辞めた時に、口では羨ましいと言っていましたが、内心では「相変らず変わっている奴だ」と思っていたかもしれません。患者さん中心の生活だったことは、今から振りかえると確かです。A医大の後輩も顔を合わせると「今どこにいるのですか?」と聞く人が多くて、私は内心「バカな奴だ」と思いましたが、「家にいる」と答えてすましていました。何カ所か頼まれてパート医をしていると言うのが面倒だったからです。

 40歳以降の私は私なりに「今後の日本の医療がどうなるか」考えていました。特に県医師会の役員になって行政とタイアップしての仕事が増えてくるとなおさらです。
 詳細は省きますが、時代の変化には敏感でなければなりません。私も含めて時代の変化についていけないなら、第一線から撤退すべきです。抽象的なことはこのへんでやめます。

二つのエピソードを紹介しましょう。
 先日、この4月まで勤務していた在宅医療中心のクリニック(数カ所のクリニックと老人保健施設などを有する法人)の理事長からメールが入りました。「老人保健施設の施設長が突然退職したのだが、その人の経歴や人となりについて私が何か知らないか?」というのです。要するにその施設長が入所者の骨折を見逃して、トラブルになりかけているということが背景にあるようでした。A医大関係の医師なので私が知っていると思ったのでしょうが、40歳前後の医師について知るわけはないので、名簿等を見たうえで丁重に返事をしておきました。
 医療においては、様々なトラブルが起こります。通常の組織以上に難しい現場です。特に「医療不信」が日本全体を覆っている現状ではなおさらです。「医療不信」の背景には日本の政治・経済の閉塞感があります。医療は人と人とのコミュニケーションが全てでもあります。医療ミスは現場ではつきものです。それを前提にして対応する必要があるのです。そういう現場で実は「医師」が最も未熟な存在でもあります。本音を言わしてもらえば、私が60歳で常勤医をやめたのは、「バカな医者につきあうのはもうこのへんにしておこう」と思ったこともあります。
 
 もうひとつ、昨日私が10年以上パート医をしていたB医院の先生が女房に年末の贈り物をもって来宅しました。玄関先でちょっと話したのですが、「あなたが言っていたように本当に患者を減らすべきだと思っている。忙しくて娘がパニックになる。私も80歳だけど毎日頑張らざるを得ない……」
 B医院も入院ベッドは廃止し、入院する必要のある患者は近くの新しい民間病院に入院させ、そこに診察に行く体制にしています。医薬分業にして、電子カルテも導入ないし導入方向のはずです。患者数自体は減っているのだが、密度が濃くなって大変のようです……。
 これもまた時代の変化であり、医療が進歩すると、医療従事者はますます大変になります。専門分野だけの患者が来るわけではなく、トータルに人間を診る必要があります。開業医もグループでやるほかないのです。電子カルテはもちろん、すべての医療情報は共有しなければいけません。そんなことは20年以上前にわかっていたことです。
 私は医事紛争を担当していましたから、時代の変化を理解できたと言えるでしょう。このへんにしておきます。
 
 また本の話をする暇がなくなりました。相変らず家にある私が昔購入した本と駅ビルで購入する新書類を読んでいます。時代の変化を認識し、それに対する考え方を過去の時代から探ることを、いつまで続けられるかわかりませんが、来年も頑張っていこうと思っています。
 皆様のご健康を祈っております。
つづく