[1045]トラス首相辞任の背景ーーイギリスの看護労動者の現状

20日イギリスのトラス政権が倒れました。

 先日ブレイディみかこさんの「欧州季評」(13日朝日新聞)をこのブログで紹介しましたが、トラス政権の減税政策にたいするイギリスの労動者民衆の不満や怒りがリアルに描かれていました。([1041]〜[1043]「困窮する庶民 連帯の機運」)

 今回はトラス首相辞任の直前に書かれた「『食べるだけで精一杯』英国看護師が困窮する事情 前代未聞、待遇改善を求めてストライキを計画」(東洋経済オンライン10月20日(木)9:00)を紹介します。

 イギリスの看護労動者の、特に新型コロナ危機の中での困窮と疲弊を具体的に知ることができました。本当に大変です。看護労働者の労働と生活の苦しい現実はどの国でも広がっているとあらためて考えさせられました。

 以下ピネガー由紀さんからの現地レポートです。

 

『食べるだけで精一杯』英国看護師が困窮する事情

 

 同僚の看護師ジョディーが、「中古住宅の購入予定を一旦中止した」とがっかりした顔でつぶやいていた。

 9月下旬、イギリスの住宅ローンは2年固定金利、5年固定金利ともに6%超えを記録した。一般的な日本の住宅とは反対に、イギリスでは持ち家は年数とともに価値が上がる資産になるため、持ち家率は非常に高い。しかし、このような金利では無理。ジョディーのようにイギリスで持ち家を買うことは、庶民には簡単なことではなくなった。

 

ガソリン代は1リットル300円

 イギリスの物価高騰はひどい。今年8月のインフレ率は、前年比で9.9%の上昇を記録。同じく前年比で3.3%上昇した日本と比べると3倍になる。多くの食品を輸入に頼るうえ、ポンドが大暴落したこともあって、食品や日常品の物価はますます上がっている。

 春から続くガソリン代の値上がりは、夏には1リットル300円を超えた。これを受けて公共交通機関の運賃も上がった。従業員に手当として交通費を支給するという仕組みがないイギリスでは、通勤自体が大きな負担となった。もちろんこれはNHS(国民保健サービス)の看護師も同じだ。

 こうした 経済混乱の中で早くも厳しい立場に置かれているトラス新イギリス首相だが、ここでまた1つ新たな問題を突きつけられている。史上初のイギリス全国規模の看護師のストライキの賛否の投票が始まったのだ。

 投票するのは看護師で、賛成が反対を上回れば全国規模でストライキに突入する。イギリスでは夏に同規模の鉄道ストライキがあり、多くの国民に影響を与えたばかり。看護師のストライキともなれば、その影響は計り知れないだろう。

 イギリスの公共部門に従事する労働者の場合、法律によって事前に組合側が労働者にストライキの賛否を投票で問うことが義務付けられている。そのため、10月6日から11月2日までの間に組合側から看護師の各家庭に投票用紙が郵送され、看護師は賛否を記入したうえで送り返す。投票は郵送のみと法律で決められている。

 ところで、一介の看護師である私がなぜイギリスの政権問題に言及しているのか不思議に思われる人もいるだろう。 

 主に税金が原資で運営されるNHS医療は、国の方針で多くが決定される。新型コロナ対応に関しても、先進国では類をみないような“半袖ナマ腕のPPE(個人用防護具)でのコロナ病棟勤務”や、“汚染された制服は自宅に持ち帰って洗濯する”ことなど、すべて国の方針だ。つまり、私たちNHS医療従事者の生殺与奪の権限は国にあるといっても過言ではない。

 看護師のストライキに対する呼びかけは今に始まったことではない。

 長年の低賃金に加え、慢性的な看護師不足で生じる基準の配置人数以下での勤務、タイムマネジメント力不足という名目でのサービス残業、増える患者や家族からのクレーム、こうした厳しい毎日の臨床の中で積み重なるプレッシャー。待遇改善を求め、何年もストライキが呼びかけられてきたのだ。

 しかし、私たち看護師は自分の立場も理解している。病院から看護師がいなくなれば、その影響は計り知れない。それにもかかわらず看護師がなぜ今立ち上がったのか――。

つづく