[1258](寄稿)医療あれこれ(その84)ー2 ピロリ菌について

ペンギンドクターより
その2
 
 さて、ピロリ菌が胃がんの原因であるということはほぼ日本でも認知されたようです。転送するMRICの主張は皆様にとっても違和感はないと思います。ただし、以前にも言いましたが、胃がんの原因の大部分がピロリ菌だということの正式な認知は「胃がん研究先進国日本」では、世界より20年近く遅れました。その遅れた原因をとやかく言うつもりはありません。私自身がピロリ菌のチェックに熱心になったのもせいぜいこの10年前ぐらいからです。
 改めて以下の転送する文章(編集者註:明日紹介します)で、ピロリ菌除菌の重要性を再確認したいと思います。なお、小和田暁子さんの所属する北海道医療大学の学長(現在もそうかどうかはチェックしていません)は、北海道大学医学部教授であった、浅香先生です。彼はピロリ菌研究の日本における草創期からの第一人者であり、学会でも冷たい目でみられながらピロリ菌研究をされてきた人です。
 現在の日本の胃がんの診断においては、「ピロリ菌陰性の胃」の胃がん、「ピロリ菌陽性の胃」の胃がん、「ピロリ菌除菌後の胃」の胃がんなどという詳細な研究が出現しています。つまり、ピロリ菌が胃がんの大部分の原因だという本質的な胃がん研究では遅れをとったものの、その後周辺領域では数多くの研究論文が出ています。日本の科学技術の現状を見るようで喜ぶべきか否か、ちょっと迷ってしまいます。ただし、山中伸弥博士のiPS細胞と本庶博士の免疫チェックポイント阻害薬につながる研究は世界に誇る研究ですが……。

 ピロリ菌については、先日貴重な経験をしたので、お話します。
 私は今、週2回(火)(木)の午前中検診業務をしています。病人相手ではありませんので、診察では「異常なし」が殆んどです。ごく稀に心雑音や不整脈、女性の甲状腺腫大などが見られます。大体はすでに診断がついていて経過観察や治療中です。そういう「診察」の他に、私の主たる業務は上部消化管のレントゲン写真の「読影」(年間5000例以上読影してもガンの疑いは1例あるかないかです)と、食道・胃・十二指腸の内視鏡所見の検診用電子カルテへの「転記」と今後の検診「受診の方針」の決定です。実際に内視鏡を私が行うわけではありません。まあ、気楽な仕事と言えるでしょう。たまに内視鏡実施直後に、結果の説明を希望する方がいらっしゃって、私は食道・胃などのお話をします。そこでピロリ菌の話を素人でもわかりやすく説明しています。みなそれぞれ大体パターン化していて、神経を使うような仕事ではありません。
 先日、私が受診者にピロリ菌の話をしているのをそばで聞いていたナースが、私に質問をしてきました。以下は30分以上いろいろ聞きながら、彼女自身のカルテを見つつ、説明したまとめです。

 彼女はもともと病棟勤務でしたが、今年から検診センターの業務に移動してきました。現在37歳、お子さんが3人いるようです。職員検診では胃のバリウムの造影していました。一年ほど前に、ピロリ菌のチェックをしたら、「陽性」だったので、初めて食道・胃・十二指腸の内視鏡を受けました。すると、胃の一部に径4ミリほどの白色に変色したところがあって、内視鏡施行医は、念のために一個生検をしたのです。ガンだと思ったわけではありません。すると「印環細胞癌」が認められました。そこで、パートで来てもらっている胃の内視鏡治療の専門家に、「内視鏡的胃粘膜剥離術」を施行してもらいました。切除標本の病理では、胃粘膜が粘膜筋板と粘膜下層を含めて十分切除されており、周囲組織も含めて、切離断端に癌は認められず、しかも癌細胞は4ミリの範囲で浅い表面のみに認められました。
 ただ、主治医は印環細胞癌というのは「未分化ガン」の範疇に入るので、念のためCT検査などのチェックを定期的に行なうという方針のようです。もちろん、抗がん剤などは使用していません。
 
 私の答えです。
 あなたはまことに運の良い人だ。もしピロリ菌のチェックをしていなければ、胃の内視鏡はしていなかった。ピロリ菌が陽性だったので、内視鏡をした、そこでたまたま変色したところがあって、生検をした。その病変は凹凸もなく、まったく平坦であって、色が変わっていなければわからなかった。病理標本でもガンは浅い層にしかない。このようなケースで再発した例を私は見たことがない。大学で1000例以上の胃がんの病理レポート(当時は内視鏡で粘膜の一部を切除という方針はなく、すべて開腹し胃亜全摘ないし全摘)をチェックしたが、胃粘膜に限局してリンパ節に転移していたのは300例近くのうち7例、しかも7例とも粘膜の深い部分にガンがあり、一部は粘膜下層に入っていた過去があると思えた、つまりあなたのガンは浅い層のみなので、今の状況で100パーセント治癒と考えてよい。
 ただし、あなたの胃は、まるまる残っているので、残っている胃にガンがまたできる可能性がある。毎年一度は胃の内視鏡をしてもらったほうがいい。さらにお子さんが3人いるので、15歳以上になったら、念のためにピロリ菌のチェックをしておくことを薦める。一応、赤ちゃんのころ、硬いものをやわらかくして口移しの食事をさせたりすると感染するという例がある。
 未分化ガンである印環細胞癌だが、これは血行性転移をすることがないと考えていいので、CT検査をどうしてもするという必要はないが、年に一度ぐらいなら、CTを撮影して悪いことはない。他の病気が偶然見つかる場合もある……

 こういう運のいい人もいるのだなと思いました。ピロリ菌のチェックはした方がいい、そして上部消化管の検査は内視鏡に限るということです。ピロリ菌陰性でこれから増加する「バレット食道がん」も早期発見は内視鏡です。では。

つづく