[1291]福島原発事故の処理水、海洋放出について

 岸田政権は福島第一原発トリチウムを含む処理水を海洋放出するための工事を月内にも完成させようとしています。これにたいして22日、全国漁業協同組合は「反対であることは変わらない」という特別決議を採択しました。政府が昨年暮れ補正予算で漁業者への支援策として500億円規模の支援基金案を示したことに一定の評価をしつつも、反対のスタンスを変えたわけではないとしています。

 トリチウムを含む処理水の海洋放出によるいわゆる風評被害の広がりははかり知れないと思います。漁業で生計を立てている住民にとっては死活問題です。またトリチウム水の海洋放出は風評による経済的影響にとどまらず、晩発性の放射線障害を引き起こします。トリチウムとは水素の放射性同位体である三重水素のことです。たとえ希釈して放水したとしても海中の生物に取り込まれ有機結合型トリチウムとして細胞内で放射線を出しつづけます。

 トリチウムの人体影響については『被曝インフォデミック トリチウム内部被曝――ICRPによるエセ科学の拡散』(西尾正道著 寿郎社)第7章「トリチウム健康被害について」に詳しく書かれているので読んでいただきたいのですが、一部引用します。

「未来のエネルギーとしての核融合が注目され、盛んに研究が行われていた1970~80年代には、トリチウムが染色体異常を起こすことや、母乳を通じて子どもに残留することが動物実験で報告されている。

 動物実験の結果ではトリチウムの被曝にあった動物の子孫の卵巣に腫瘍が発生する確率が5割増加し、さらに精巣萎縮や卵巣の縮みなどの生殖器の異常が観察されている。1974年10月に徳島市で開催された日本放射線影響学会では、中井斌氏(放射線医学総合研究所遺伝研究部長)らが人間の血液から分離した白血球を種々の濃度のトリチウム水で48時間培養し、リンパ球に取り込まれたトリチウムの影響を調べた結果、リンパ球に染色体異常を起こすことがわかった――ということを報告している。

 現在の規制値以下の低濃度でも染色体異常が観察されている。このような報告から、トリチウムがなぜ危険なのかについては次のように考えられる。

 トリチウムは、自由水型のみならずガス状トリチウムもその一部が環境中で組織結合型トリチウムに変換される。トリチウムの体内動態は水素と同じであり、トリチウムは水素として細胞の核に取り込まれる。私の旧友の名取春彦氏は若い時に行った睾丸腫瘍の細胞を用いた実験で、チミジンでラベルしたトリチウムが細胞の核に取り込まれている写真を著書『放射線はなぜわかりにくいのか』(アップル出版、2013年)に掲載している(資料60)」

以下省略します。

『被曝インフォデミック』を参照してください。インフォデミックとはWHOによる造語で「偽情報の拡散」のことだそうです。

 

福島相馬双葉漁業協同組合は6月7日、組合員の声を西村経産相に伝えました。

 

8日の福島民友新聞は次のように報じています。

 

 東京電力福島第1原発で発生する処理水の海洋放出方針を巡り、相馬双葉漁協の今野智光組合長は7日、経済産業省西村康稔経産相と会談し、新たな風評の発生などを懸念する組合員の声を直接伝えた。同漁協が単独で経産相に懸念を伝達したのは初めて。西村氏は「廃炉を着実に進めるためにも処理水の処分は避けては通れない」と改めて海洋放出に理解を求めた。

 

 会談は冒頭を除いて非公開。今野組合長は「風評により水揚げや流通に悪影響が生じる」との組合員の意見を紹介。西村氏が「関係者の理解なしには(処理水の)いかなる処分も行わない」と明言した経緯を踏まえ、今野組合長は「約束はどうなるのか」と迫った。その上で、政府が漁業者を支援するために設けた基金に関し「(支援)内容が分かりにくい」との意見が寄せられていると伝えた。

 西村氏は、政府が夏ごろの放出開始を目指していることを念頭に「放出が迫る中、不安を払拭できるよう全力で取り組む」と語り、漁業関係者らと継続して対話を重ねる考えを示した。

 会談後、今野組合長は報道陣に「組合員は放出に強く反対している。漁業復興に取り組んできた努力が無駄にならないように思いを伝えた」と強調した。

 同漁協は原発事故による操業自粛や試験操業を経て2021年4月から、本格操業に向けた移行期間に入ったが、同年の水揚げ量は東日本大震災前の10年の2割程度にとどまっている。

引用以上

 確かに風評で被害を受ける漁業者にとって、トリチウム汚染水の海洋放出は死活問題です。風評とは、「海洋汚染」の情報を受け取った消費者が不安になるという意識の問題です。しかし、その風評には現実的根拠があるのです。

 トリチウムは晩発性の放射線障害を誘引する。原発の燃料デブリ(破片)を冷却した処理水は、ガンをひきおこすトリチウムという放射性物質を海に流し続けます。