[1322](寄稿)医療あれこれ(その89)ー4

ペンギンドクターより

その4

 

 さらに添付するのは、最近読んだ本の内容です。私の読書記録は目次と読書直後の感想、さらに1-2カ月後に折り込みを見直しての印象に残ったページとそのメモですから、私自身にわかればいいようにしています。一方、今回のような添付する内容はあくまでも皆さんに内容をわかってもらうためにまとめた形です。時間があったときにまとめる形で時々添付したいと思います。

 

最近読んだ本について(その1)

 

日本経済新聞社編『国費解剖 知られざる政府予算の病巣』

2023年3月8日1刷、253ページの日経プレミアシリーズ488です。著者は日本経済新聞社の「国費解剖取材班」です。帯と裏表紙に次のようなコピー(宣伝文)があります

 

コロナ予備費12兆円一体どこにいった?

補助金拠出の基金乱立 2兆6000億円を過剰積み立て

◍コンサル頼みの委託事業

◍臨時交付金で「ばらまき」広がる

 

はじめに

序章 コロナ予算はどこにいった?

第1章 予備費の誘惑、乱発される「緊急事態」

第2章 基金という名の「ブラックボックス

第3章 特別会計、今も「離れですき焼き」

第4章 コンサル頼みの委託事業

第5章 政府の事業に「検証」なし

第6章 国と地方、無責任の連鎖

(本書の目次より)

 

9割が使途を追えないコロナ予備費、乱立する基金と塩漬けになる予算、大手コンサルに巨額を投じる委託事業……。財政悪化の一方で、膨張を続ける国家予算。その内実を紐解けば、莫大な政府の“ムダ遣い”が明らかになる。緻密な取材から国費のブラックボックスに迫り財政規律回復への道筋を探る大反響の日経連載を大幅加筆のうえ新書化。

 

▼私はこの本を2023年6月30日に駅ビルの書店にて購入し、7月3日には読み終えました。そして日本の未来に絶望的になりました。税金を払っている国民として、日本政府のムダ遣いに憤りを覚えるのは当然ですが、絶望というのはそういうことではなく、日本人そのものが、何事においても過去をきちんと検証するという体質がないのではないかという絶望です。「多額の予算を獲得して支援者に誇る……」それは与党にも野党にもあることですが、それではその「お金」はどのように使われどのような効果を生んだのかという結果はうやむやあるいは曖昧なままだということが極めて多い。

 日本経済新聞社「国費解剖取材班」は様々な困難に直面しながらもよく調査してくれたと思います。日経は資本主義を守り発展するというコンセプトの新聞ですから保守的な新聞です。しかし、私たち夫婦は日経系列のテレビ東京系の番組「カンブリア宮殿」「ガイアの夜明け」「知られざるガリバー企業」など録画して食事時によく視聴しています。

 この本とは別に日経プレミアシリーズ428には『無駄だらけの社会保障』という新書もあるようです。ちょっと前の新書なので地元の書店にはありませんが、今後上京した折には探してみようかと思います。

 

 さて、この本の最後の第6章 国と地方、無責任の連鎖の一部を紹介します。私が以前からJCHOなどの公的病院の決算の状況について述べていたことを裏付ける結果です。

4 吹き出したコロナ病床の矛盾(以下項目を列挙します)

◍数字の積み上げ優先、稼働は二の次◍2年間で3兆円を給付◍「低稼働」404病院に3660億円◍都道府県の懐痛まず◍病院経営、焼け太り◍国の動きは鈍く

 この項目を見るだけで内容がうかがわれると思いますが、249-250ページの「病院経営焼け太り」を引用します。

 

……「赤字続きだった公立病院は考えられないほどの黒字をコロナ禍で計上している」。大阪府内の公立病院の幹部は打ち明ける。総務省が毎年まとめている地方公営企業等決算を見れば明らかだ。全国の公立病院の経常損益は2019年度に計980億円の赤字だったが、2020年度に1251億円の黒字に転換。2021年度も3256億円の黒字だった。公立病院だけではない。国立病院機構は黒字額が2019年度の23億円から2020年度は576億円となり、2021年度には907億円に膨らんだ。旧社会保険病院などを運営する地域医療機能推進機構(JCHO)や労災病院を運営する労働者健康安全機構も同様だ。いずれの病院もコロナ患者を受け入れるため通常医療を制限した減収分を補って余りある病床確保料が経営を潤した。本来、補助金は対象事業の費用の全額または一部を肩代わりすることで後押しするものだ。事業者が補助金で巨額の利益を上げることはあり得ない。未知の感染症に対して二の足を踏んでいた病院の背中を押したのは事実だが制度設計の甘さは否めない。……

 

 いかがですか。黒字というのは当然人件費を払った後の黒字です。つまり、新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)の患者さんに対応した医療従事者に補助金が十分還元されたとは思えません。

 

 当然予想されるのは次のようなことです。病床確保料は申請すればもらえます。審査は厳格化できなかったと厚労省も認めています。病床が稼働する前の段階です。実際にコロナ感染者が入院してくれば、併存する疾患に加えてコロナ感染症ですから当然通常の人員配置より多くなります。対応可能な看護師の配置をすれば、確保した病床のすべてに相当する人員をそろえるのは不可能です。病院としてはわかっていたはずです。しかし都道府県知事をはじめとする行政側としては、メンツとしてもコロナ用に確保した病床数を増加させなければならない……公的病院は行政側の一部門としてその数字増加の実行部隊となる必要がある。また公的病院の事務というのは補助金の裏側を熟知しています。とにかく病床確保、病床確保、そうすれば確保料は入ってくる……

 またもともと病院は常に満床ではなく、稼働率が70%とすれば、100ベッドのうち30ベッド前後は常に空床です。その空床ベッドをコロナ病床として申請すれば補助金が入ってくる、と取材班は述べています。

 その先は言いますまい。「国費解剖」取材班の指摘は的を射ています。幽霊病床が出てくるのは当然です。さらに◍「国の動きは鈍く」253ページに

 

……背景には行政側の保身も垣間見える。事を荒立ててコロナ病床を減らした場合に責任を問われる可能性があるからだ。検証も手つかずのままだ。北海道や東京など情報公開請求に対して病院別の病床使用率や病床確保料といった基本的なデータすら開示を拒む自治体もあるほどだ。2022年12月に成立した改正感染症法で次に感染症が流行したときには公立・公的病院など地域の基幹病院は医療提供が義務付けられる。実効性を高めるためには国や都道府県の役割分担と責任の所在をはっきりとさせ、病床確保料をふくめた医療提供体制全体を徹底して検証する必要がある。……

 

いかがですか。次に移りましょう。

 208-210ページにインタビュー「政策検証、どう根付かせる」という項目があり、明治大 西出順郎教授の言葉があります。長くなりますが、引用します。

 

……政策検証を十分機能させるには、政府から完全に独立した第三者機関を設け、客観的に検証する仕組みが必要だ。歴史的な経緯からも明らかなように、政策検証は税金を負担する国民に国が説明責任を果たすために実施する。自己評価が原則の現行制度では検証が甘く不十分になりやすい。政府から完全に独立した検証機関が担うことが望ましい。

政策の評価基準をあらかじめ設定しておけば、より客観的な評価が可能になる。国会の予算審議では予算額や政策の内容を議論することはあっても、想定する政策効果についてはほとんど議論されない。本来であれば「これだけの政策効果を得るために、いくらの予算が必要か」という視点で話し合うべきだろう。内閣が国会に提出する予算案には、費目や金額だけでなく、難しくとも具体的な成果目標を盛り込むことが求められる。

そこで重要になるのが野党の役割だ。与党が進める政策の効果を野党が科学的根拠に基づいて評価・分析できれば、競争関係が生まれて政策論議が深まり、政策の質も向上する。政党交付金をうまくやり繰りし、調査研究費をより充実させてほしい……

 

 今の野党では無理でしょうね。政府閣僚の失言やスキャンダルを追求するだけのように思えます。地道な調査研究こそがいつか花開くはずなのですが、週刊誌ネタを後追いするだけですから。

 

 もう一つ、第5章 政府の辞書に「検証なし」の3「デジタルに逆行、間違いだらけの情報公開」の小項目を列挙します。

◍政府支出データの評価、日本は中国と同等◍「神エクセル」の悪弊◍通し番号なく、時系列分析に壁◍基金シートの5割に記載ルール違反◍最後は目視で確認するはめに 

196ページにこうあります。

……100点満点中、わずか5点

インターネットの有効利用を促す国際団体、ワールド・ワイド・ウェブ財団が2017年度に実施した各国政府のオープンデータ評価によると、政府支出部門で日本は情報公開の不透明さが指摘される中国と肩を並べる厳しい結果となった。情報先進国である英国の90点、米国の85点から大きく水をあけられている。……

その問題は大きく分けて3つある。

ひとつ目は公開するファイルの形式だ。ワールド・ワイド・ウェブ財団の評価作業に参加した筑波大の川島宏一教授によると、英米政府のオープンデータは「CSVファイル」で公開するのが一般的だ。一方、基金シートは「Excel(エクセル)ファイル」。……CSVが項目名とデータをシンプルに縦横に並べただけの簡易な表現でほかのソフトウェアでも読み取りやすい互換性の高い形式であるのに対し、エクセルは見栄えを良くする装飾機能や計算機能を充実させる代わりに互換性が低い。つまり、英米などの公開方法は様々なツールでデータを読み込み、自動処理することを志向している。日本は人が目視する前提でデータを公開している。人が手作業で処理できるデータの量はたかが知れている。データの量が増えるほどコンピューターの力に頼る必要が出てくる。CSVの方がデータ分析に適していると考えるのが自然だ。……

 

 私自身はCSVファイルがどのようなものか知りません。要するに日本の情報公開というのは、「公開していますよ。印刷して読んでください」であって、分析することを前提としていない、ということになります。

 その壁を何とかこの本の著者「取材班」は乗り越えたから私たちはこの新書を読むことができているわけです。よく頑張ったなと敬服する次第です。

 

●末広厳太郎著、佐高信編『役人学三則』

2000年2月16日第1刷発行、217ページの岩波現代文庫である。末広は1888-1951年。法学者。1912年東京大学法学部卒業。18-20年欧米留学。21-46年東京大学法学部教授。41-46年日本体育協会理事長。47-50年中央労働委員会会長。著書に、『債権各論』『物権法』『嘘の効用』『農村法律問題』『民法講話』『日本労働組合運動史』など。末広著作集(全五巻)がある。

 

▼この本は購入後すぐに読んでいましたが、読書記録を作っていなかったので最近読みなおしました。末広教授は戦前・戦中から戦争直後まで在職した東大法学部教授であり、あの丸山眞男氏が学生時代に聴講して大変興味深かったと言っている教授でした。

『改造』昭和六年八月号に載せた「役人学三則」では、お役所勤めを始める若い人に述べる形で、皮肉を込めて役人たるものの心得を述べています。文章の端々にユーモアが感じられ、丸山眞男氏の聴講した実際の講義も面白かっただろうと予想されます。

 

役人学三則

第一条 およそ役人たらんとする者は、万事につきなるべく広くかつ浅き理解を得ることに努むべく、狭隘なる特殊の事柄に特別の興味をいだきてこれに注意を集中するがごときことなきを要す。

第二条 およそ役人たらんとする者は法規を盾にとりて形式的理窟をいう技術を修得することを要す。

第三条 およそ役人たらんとする者は平素より縄張り根性の涵養に努むることを要す。

 

 現在の「官僚」にも通用する言葉です。私が厚労省の医系技官を批判するのには、刊行後まもなく読んだこの本の影響もあります。それ以前今から30年ぐらい前でしょうか、私は丸山眞男の本で末広教授の「役人学三則」の文章を知っていました。それとは別に公的病院の管理職として付き合ったお役人の言葉・仕事という経験もあります。

 ただし、医療と言うのはなかなか難しい領域です。すなわち、臨床医は一人一人の患者さんを相手にしています。その一人一人の生命を守るという使命感が必要であり、個別の対応がすべてとも言えます。一方医療行政においては、マスとしての人間が相手です。例えば高齢者と若年者を比較してみる場合、限られた医療資源を如何に配分するか、決断を迫られることが多くなります。

 すなわち、個人相手とマスとしての人間相手では、相反する行動が求められるので、そのバランスをとることが重要になります。その行動に悩むことがない医師は医療行政に携わる資格がないと言ってもいいでしょう。

 しかし、医系技官の場合、医師免許を持っているとはいえ、十分な医療の現場の経験がない人々でありながら、医療を熟知しているという態度をもって政治家・事務官僚に臨み、より強く縄張りを主張する傾向があります。

 ぜひ日本の医療行政に対しそれを担っている医系技官の行動を、私自身も含めた日本国民はこれからも批判的な目で監視していくべきだと思います。