[1327]ドイツの動きと欧州危機

 今日は「現代ビジネス」の記事を紹介します。エコノミスト中島精也氏の論文が掲載されています。

 この論文はウクライナ戦争がもたらすところの、ソ連邦自己崩壊後30年の世界の地殻変動をドイツと欧州各国の動きに焦点をあてて書かれています。「現代ビジネス」は欧州の混乱を日本経済の浮上のチャンスととらえる観点から論文を紹介していますが、それはともかくとして中島氏の論文は資本家階級的危機感を代弁していてわかりやすくおもしろいです。

 

プーチンの大誤算…ドイツへの「ガス供給停止」がまさかの不発…それでもまだドイツが安心できない理由 7/29(土) 7:03 Yahoo!ニュース 

 バブル崩壊以降、最高値をつけた株価、相次ぐ世界の半導体大手の国内進出。コロナ明けで戻ってきた外国人観光客。なんだか明るい兆しが見えている日本経済。

 「チャイナリスク」と「ロシアリスク」がヤバすぎる

 じつはその背景には、日本を過去30年間苦しめてきたポスト冷戦時代から米中新冷戦時代への大転換がある。  

 いま日本を取り巻く状況は劇的に好転している。この千載一遇のチャンスを生かせるのか。 商社マン、内閣調査室などで経済分析の専門家として50年にわたり活躍、国内外にも知己が多い著者が、ポスト冷戦期から新冷戦時代の大変化と日本復活を示した話題書『新冷戦の勝者になるのは日本』を抜粋してお届けする。

 今回は、ポスト冷戦時代に中露に依存した成長戦略をとったことで、新冷戦時代に苦しむドイツを中心としたヨーロッパの姿を明らかにする。

前編記事【中国とロシアに依存し過ぎていたドイツの悲劇…ウクライナ戦争で180度変わった「蜜月関係」】

プーチン天然ガス供給停止 

 ウクライナ戦争と米中対立に象徴される新冷戦構造は、ドイツ及び欧州の成長モデルを崩壊させた。

 前編でも述べたように、ロシアがノルドストリームによる欧州向けガス供給を停止したために、ロシアと欧州の双方に致命的な打撃を与えることになった。特に福島原発事故を契機に原発廃止を決めたドイツのエネルギー事情は深刻である。 ウクライナ戦争でEUと共にロシア制裁に踏み切ったドイツに対して、プーチンはガス供給の停止という禁じ手で応じたため、ここで初めてドイツはロシアが信頼できるエネルギー供給国との見方は幻想に過ぎなかったことを思い知らされた。 厳しいドイツの冬を越せるか不安視されたが、ドイツはカタールとの間で年間200万トンのLNGを購入する15年の長期契約を結び、さらにノルウェー、カナダなど調達先の多様化を進め、なりふり構わず高値でのガス調達に奔走した。 幸い、暖冬のせいもあって、ガス貯蔵タンクは満杯となり、ドイツ各地のクリスマスは例年通り煌びやかな光で飾られた。北海沿岸にはドイツ初のLNG受け入れ基地も完成、プーチンの思惑は外れドイツはガス輸入における脱ロシアに大きく舵を切った。 しかし、問題はこれで解決したわけではない。企業の中にはエネルギー価格高騰を事業リスクと認識するところも出てきており、燃料不足で生産減少に追い込まれた粗鋼、アルミニウム、化学などの業種ではドイツ工場の海外移転も検討している。特にエネルギーが豊富で価格面での優位性を持つ米国はドイツ製造業にとって魅力的な移転先である。 ドイツ産業へのエネルギーの安定供給を長期的に維持していくことが容易でないことが、ウクライナ戦争で明らかとなった。将来のドイツのエネルギー確保の見通しについてドイツ政府は2035年までに電力は100%再生可能エネルギーで賄う方針であるが、エネルギーの安定供給、エネルギー価格の安定、再生可能エネルギーへの転換をいかに実現するかドイツ経済にとって大きな課題であることに変わりはない。 産業立地で優位なはずだったドイツがエネルギー危機で製造業者に動揺を与え、産業空洞化のリスクが大きくなった。

中国との関係見直し

 中国の露骨な覇権主義と激化する米中対立も独中関係の見直しにつながりそうだ。第1に南シナ海東シナ海で法の支配を無視して、力による一方的な現状変更を試みる中国の軍事的脅威は、戦後ドイツの価値観からも見過ごすことのできないレベルまで高まっている。 2021年にはドイツ海軍フリゲート艦「バイエルン」をアジア太平洋に派遣し、日本にも寄港するなど、中国を牽制し始めている。 第2に経済安全保障の観点から自分に都合が悪くなると、すぐにレアアースなど重要資源の供給を停止したり、相手国からの輸入を禁止する中国との関係を緊密化することに警戒感が強まっている。 第3は同盟国・友好国に限定されたフレンド・ショアリングから中国が排除されるので、中国に生産拠点は置けなくなるし、先端技術製品の中国向け輸出も制限されることになる。 2023年3月、ドイツ閣僚として26年ぶりとなるシュタルクワツィンガー教育・研究相が突然台湾を訪問したが、これはこの文脈で捉える必要がありそうだ。 安価で豊富なロシア産ガスに依存して、巨大な中国マーケットへの輸出を増やして成長するポスト冷戦時代のドイツ及び欧州の成長モデルは、新冷戦の下で崩壊の憂き目にあうことになる。

新たな成長戦略が見えず 

 残念ながらそれに代わる欧州の新たな成長戦略が見えて来ない。問題はウクライナ戦争でEUの分断が進むことだ。 第1に2009年からのユーロ危機で緊縮財政を強いられたギリシャなど周縁国は、ドイツなどEUリーダーに対する不満が鬱積している。 第2に流入する移民難民に比較的優しい西欧加盟国と受け入れを拒否する東欧加盟国で意見が対立している。第3にウクライナ戦争による経済エネルギー危機に金にまかせて対応したドイツなど豊かな国と、それができない東欧・南欧加盟国との間で軋轢も生じている。 EUの連帯にヒビが入ると、各国で極右が台頭するし、インフレが加速すると労働争議が頻発する。ウクライナ戦争以後、独ルフトハンザ航空のスト、仏パリの地下鉄など公共交通機関のスト、英国でも鉄道、空港スタッフ、ゴミ清掃員のストが頻発している。また、自由・民主・人権尊重のEUの中にハンガリーのオルバン政権のような独裁者も誕生している。 このように欧州では分断が目立つようになってきており、欧州統合が大きな曲がり角に来ているのは確かである。新冷戦時代の欧州経済はポスト冷戦時代とは打って変わって厳しいものにならざるを得ないだろう。

中島精也

以上引用

 

 プーチンの侵略を起点としたウクライナ戦争は、「ポスト冷戦」から米中新冷戦を引き起こし、東西資本家階級それぞれの内部対立と抗争をも孕みつつ世界戦争のはじまりをくすぶらせています。

 ウクライナ戦争は泥沼化し多くの兵士・民衆が犠牲になっています。この戦争を止める労働者階級の力はなお弱い。停戦は米中の支配階級の駆け引きの手段にされています。このままでは、痛苦ですが悲劇的事態がつづきます。

 日本経済にとって千載一遇のチャンスだなんて言っているときではありません。