[1573]『ゼロからの資本論』についてーその3

 斎藤の問題提起に戻ります。
斎藤は「資本主義を真正面から批判し、資本主義を乗り越えようと主張する人は、日本には相変わらずほとんどいません。なぜでしょうか?」と問いました。

彼はこの設問を考えるきっかけとしてソ連の「社会主義」についてのある有名なジョークを引用しています。

「ある男が、東ドイツからシベリア送りとなりました。彼は、検閲官が自分の手紙を読むことを知っていました。だから、友人にこう言ったのです。『暗号を決めておこう。もし、俺の手紙が青いインクで書かれていたら、手紙の内容は真実だ。だが、もし赤いインクで書かれていたら、それは嘘だ』。1か月後、彼の友人が手紙を受け取ると、すべてが青いインクで書かれていました。そこには、こう書かれていたのです。『ここでの暮らしは大変すばらしい。美味しい食べ物もたくさんある。映画館では西側の面白い映画をやっている。住まいは広々して豪華だ。ここで買えないものと言ったら、赤インクだけだ』」。

 斎藤はこのジョークはソ連の「社会主義」についてのものだが資本主義での暮らしにそのまま当てはまるでしょうと言い、「今私たちが享受している『自由』や『豊かさ』がこの青いインクで書かれた手紙の世界にほかなりません」と言う。「ウーバーイーツで美味しいものを注文したり、ネットフリックスで好きな映画を見たり、ルンバの自動掃除機を買うこともできる。そんな世界では、私たちの望む自由がすべて実現されているように見えるかもしれない」が、そのように見えるのは、この社会の不自由を描くための赤いインクがないからではないか」と言うのです。実際には、給料も安く、仕事もつまらない、気候危機は悪化し、世界経済の先行きも不安、日本では円安、人口減少などでこれからも資本主義が続くと言われても、未来に希望をもてる人はどんどん減っている。にもかかわらず「資本主義のもとでの経済成長や技術革新が明るい未来をもたらすと信じて、歯を食いしばって働き続けなければいけないとしたら、世界を批判的に描く赤いインクがないからなのではないかと言うのです。
 斎藤はつぎのように言います。
「今、私たちに必要なのは、赤いインクです。そして、私たちが一度は捨ててしまった『資本論』こそが、赤いインクなのです。なぜか?それは、『資本論』を読むことで私たちはこの社会の不自由を的確に表現できるようになるからです。さらにそれは、失われた自由を回復するための第一歩になるでしょう。」
 斎藤幸平は確信に満ちています。『資本論』は難解なので自分の書いたこの本を、“ゼロから〟の入門書として役立ててほしいと読者に呼びかけています。その際、「『資本論』をまったく新しい視点で――”ゼロから〟読み直し、マルクスの思想を21世紀に活かす道を、一緒に考えていきます。そうすることで、資本主義ではない別の社会を想像する力を取り戻すことができるようになるはずです」と宣言しています。
 意気込みが伝わってきます。これはすごい若者があらわれたと私は思います。
社会主義」がこれまでうまくいかなかったことは一旦おいて、マルクスを新しい視点で読み直すという筆者の展開をたどってみます。 

つづく