ペンギンドクターより
その2
ご存じと思いますが、「がんもどき理論」「がんの放置療法」で本を書きまくった近藤誠氏が8月13日だったか、心筋梗塞?とかで急死しました。73歳でした。彼は「がん」だけでなく、「反ワクチン本」、「検診無用論本」でも、出版社の寵児でした。文藝春秋にも多大の貢献をしたせいか、「菊池寛賞」を受賞しています。
日本の乳がんの外科手術に対する批判として、欧米での「乳房温存手術・乳がんの放射線治療」の紹介などにおいては日本の医療に大きな警鐘を与えたことは評価できますが、それ以後は大きな害をなした人でした。つまり、相反する学説がある場合に、自分に都合のよい説だけを取り上げて「物語りを組み立てる」手法の著書を乱発しました。恐らく、出版社の編集者との共同作業も多々あったと推定されます。
例えば私の専門の胃がんについて言えば、同級生のSさんの胃がんは「小さいけれども静脈に早くから侵入して血行性の転移」を起こすタイプであり、手術しても早期に再発するので、癌を治療しても放置しても結果的に同じだったという結論が出てくる・・・・・・と言えるかもしれません。しかしHさんの胃がんの場合は、静脈侵襲がほとんどなく、再発形式としては診断の遅れによる、腹膜播種です。彼は幸い5年以上経過して治癒と言えますが、もっと早く見つかれば、辛い抗がん剤治療も不要でした。Hさんのタイプは、胃の粘膜から発生する胃がんが胃の壁の深い所に徐々に入り込み数年後に腹膜側に顔を出して腹膜全体に広がるタイプですから、早期に発見して手術などで治療すればその時点で完治が期待でき、抗がん剤治療も不要です。
つまり、同じがんでもいろいろなタイプがあるということですから、近藤誠氏の考えは一部に当てはまるけれども一部には殺人理論といってもいい理論です。全体としては「理論」とは言えない、いわゆる「陰謀論」に近いものです。
結局、彼は心筋梗塞あるいは急性心不全にて8月13日仕事に出かける朝に急死したようですが、彼のことですから、検診は受けず、自分の健康状態のチェック、高血圧や糖尿病、心電図チェックなどもしていなかったのではないでしょうか。いわゆる「人間ドック」で無症状ながら見つかるものとしては、がん検診のあるものとか、上記の内科疾患などでコストパフォーマンスがあるかどうかは議論の余地があるとしても、自分自身の寿命の延長には役立つ部分があると私は考えています。
医師のネットワークでも、自分の患者さんが子宮体癌でステージⅠだったのだが、近藤誠氏の「放置療法」を信奉し、本人・家族も治療を拒否していたが、やがてステージⅳになって戻ってきて、「先生の言うことを聞かなくてごめんね」と言った人がいたと嘆いた婦人科の医師がいました。また、「死者に対し不謹慎だが、近藤氏は大腸がんになって手術するか否か苦しんで欲しかった」という医師もいました。
もちろん数は少ないのですが、近藤誠氏は「日本のがん医療における黒船」だと肯定的に評価する人もいました。乳がんについては当てはまります。しかし、73歳の急死は、「近藤理論?」の破綻を自ら証明したと言えるでしょう。
つづく