[1320](寄稿)医療あれこれ(その89)ー2 すい臓がん

ペンギンドクターより
その2
 医療あれこれとしては、膵がんについて私の考えと思い出です。
 膵がんは10年生存率5%と最悪のがんですが、その原因について私なりに考えていることを述べます。私は外科医が本業でしたが、病理診断も副業としていました。それで切除された膵がんの病理組織標本を数十例検討したことがあります。別に学会で発表したわけではありませんし、病理医にとっては当然の内容だと思いますが、述べてみます。比較のために胃とすい臓の解剖を大雑把に取り上げます。胃は腹腔内で食道と十二指腸に移行する部分で固定されて浮いている形で存在します。一方、すい臓は腹膜の外、後腹膜の臓器です。すい臓の前面は腹膜が覆っていますが、すい臓自体は腹膜の外側(背側)にあり直接脂肪組織や神経組織などと接しています。胃ガンは粘膜から発生するので粘膜下層に入ればリンパ管や静脈に入り転移するわけですが、胃の壁を貫いて初めて腹膜にあらわれて腹膜播種を起します。静脈に入れば肝臓転移などを起こすわけですが、リンパ管に入るとリンパ節転移を起します。しかし、このリンパ節というのは、一種の防御組織でもあり、そこに癌細胞が入ってくれば、リンパ組織との闘いがあり、しばらくそこで留まります。一方、膵がんのほとんどはやはり膵管の粘膜から発生するわけですが、膵管の壁から周囲の組織に浸潤するとき、すぐそばの背中側の脂肪組織や神経組織に入り込むことになります。
 私が実際にすい臓がんの切除標本を見たとき、大変目に付くのがこの神経組織への浸潤です。私たちの背中の組織には縦横無尽に神経が張り巡らされています。その神経組織、神経束の空隙に癌細胞が入り込んで遠く離れた場所にまで拡がっているのです。そのがん細胞の行動を見ると、「ああ、これはダメだ。必ず再発するな近いうちに……」と思ってしまいます。そして肉眼的には2センチ以下の小さな膵がんでもほとんどがこの神経束の浸潤があるのです。
 以上のことから、私は10年生存率5%すなわち、20人に一人の膵がん治癒例があったとき、その生き延びた膵がんはもともと顕微鏡で見てどのようなタイプの膵がんだったのかと知りたくなるわけです。最近よく見られるIPMN(膵管内乳頭粘液性腫瘍)は膵がんの前がん病変と言われていますが、このがん化例は特殊です。IPMNは女房もそうですし、出雲市の私の従弟も奈良のまた従兄もそうです。検診の患者さんにも時々見つかります。これを膵がんの治癒例として取り上げるのは間違いですし、そうはしていないと思います。また、膵管由来ではなく、すい臓の内分泌腺由来のガンも特殊になります。結局一般的な膵管由来の膵がんは外科的に切除しても治癒は望めず、抗がん剤放射線治療などの出番ではないかと思います。
 膵がんについて50年前の事例を述べます。当時は腹部超音波検査(エコー)やCT検査はありませんでした。大腸内視鏡検査も一般的にはなっていませんでした。そこに70代の男性Aさんの右下腹部腫瘤の患者さんが入院し、新人の私が受け持ちになりました。右下腹部ですから注腸造影だけで盲腸付近の腫瘍という診断のもと、外科部長の執刀で開腹手術をしたところ、腫瘍の原発はすい臓でそこから腹膜播種して右下腹部に最も大きな塊を作っていたのでした。当然すぐにお腹を閉めて手術は終りました。
 
 以上は膵がんのことでしたが、ケアネットで「排便回数と便の固さが認知症と関連」という研究のことが配信されていましたが、これは次回とします。
つづく