[1425](寄稿)医療あれこれ(その96)−1 「がん」について

ペンギンドクターより

その1


皆様
 いよいよ11月、普通なら晩秋間近の時期ですが、今日も夏日が予想されています。しかし、朝は寒いですね。老人には対応の厳しい日々が続きます。JOC山下会長が転倒して脊髄損傷をしたとのこと、よくあることですが、66歳というのはちょっと珍しいかもしれません。私は外来診療でも老人には常に転ばないようにと声をかけてきました。検診でも高齢者には同じ言葉です。特に内視鏡では鎮静剤を投与しているので、危険が増します。そこで壮年の人にも声かけをしています。また私自身、階段を降りるときはいつも手すりにつかまるのですが、コロナ以後は感染防止のため手すりを敬遠し、その分ゆっくりゆっくりと端っこを下りています。運動のためにエレベーターは使いませんが、転倒防止のためならエレベーターの利用も有効と言えるでしょう。病は注意しても天から降ってきますが、転倒事故や交通事故はある程度は予防できます。転倒して骨折で入院というのは馬鹿々々しいことですから、町内の防犯パトロールでも注意して歩いています。車が来れば、壁際に張り付くようにして退避します。A県はタクシーも含めて交通道徳の低い地域ですから……。

 さて、本日は「がん」に対する現在の私の考えを述べたいと思います。私自身は57歳までは「外科医」一部は「病理診断医」として「がん」に対応してきました。そして57歳から「内科医」に転身し、60歳代からは「検診医」が加わり、72歳からは「検診医」が専業です。したがって、「がん検診」を否定する立場ではもちろんありませんが、すべてのがんに検診が有効だと考えてはいません。しかし、「がん治療」は無意味だという医師は、医療をする資格がない、つまり医師としては失格だという考えを持っています。なぜかと言えば、歴史を振り返ればわかります。私が医師になった50年前からの経過がそれを証明しています。「がん治療」に携わった医療従事者、特に勇気をもって戦った患者さんのおかげで、当時は全滅だった「がん治療」が少しずつ進歩して治癒も望める「がん」となっているからです。

 先日、Kさんの「大腸がん」について、断片的な情報から推測を交えて述べましたが、わかりにくいところもあったかと思います。その補足も兼ねています。KさんはステージⅣですが、肝転移や肺転移はないと聞いています。そうすると腹膜転移か遠く離れたリンパ節おそらく大動脈周囲リンパ節への転移があると考えられます。腹膜転移であれば、腹腔内に定期的に抗がん剤を投与するため、皮下にポート(ここに針を刺して抗がん剤を点滴する)を留置しておきます。一方、静脈から全身への抗がん剤点滴投与も並行して実施するパターンでしょうか。
 いずれにしろ、私は治療を受け容れたKさんの勇気に敬服します。特に一人暮らしで、抗がん剤の副作用に苦しみながら、夜一人天井を見ているKさんの姿を思うと、「大したものだ」「私にはできない」とも思います。奥さんの乳がんの闘病の経験が彼の勇気のもととなっているのか、お子さんやお孫さんとの語らいが、彼の前向きの姿勢に寄与しているのか、私にはわかりませんが、こうした勇気が「がん治療」の進歩に寄与してきたことは間違いありません。

 さて、ここからは「がん」についての基礎的知識です。「がん検診」が有効ながんという理解のために必要です。広い意味で「がん」という言葉を使う時は、「血液のがん」とか「骨のがん」とか使いますが、これは狭い意味の「がん」とは異なります。血液のがんというのは、いわゆる白血病であり、リンパ節のがんでは「悪性リンパ腫」などと言い、大腸がんとは異なります。「骨のがん」とは「骨肉腫」などを言い、これも大腸がんとは異なります。
 狭い意味あるいは本来の意味での「がん」というのは、「上皮」性の悪性腫瘍を意味します。上皮というのは表面を覆っている皮のことです。つまり皮膚の表面が上皮です。したがって皮下組織の血管やリンパ管は上皮ではありません。では「食道」や「大腸」の表面は何か、それも上皮です。つまり、食道の表面「扁平上皮」も口を経由し皮膚とつながっている上皮です。大腸の表面(粘膜)も肛門を経由し皮膚とつながっている上皮です。お乳の出る乳房も実は乳首の穴から皮膚すなわち外界とつながっている乳管の表面が上皮であり、ここから乳がんの90%以上が発生します。
 つまり、外界とつながっている「上皮」から発生するがんが一般的な「がん」です。したがって、「がん」は細い管を使えば、人体の自然に開口した「穴」から「がん」を直接観察できることになります。だから、もしがんすなわち一般的な上皮性の「がん」であれば、がん細胞の一部が崩れて転がってくると穴を通して外に出てきます。例えば、膀胱がんならがん細胞が尿に交じって出てきます。崩れるとき、当然出血しますから高齢者が「血尿」を訴えて来院すれば、膀胱がんを疑って検査すなわち膀胱鏡で膀胱の内部の表面すなわち上皮を観察するということになります。血便特に高齢者が「血便」しかも真っ赤な血便が出たと言えば、直腸がんやそれに続くS状結腸のがんを疑います。
 すい臓がんもまた上皮性です。これは膵液とくにアミラーゼなどの消化液を分泌する膵管を通して十二指腸乳頭部を経由、十二指腸へつながり、外界と交通しています。しかし、きわめて細い管なので、膵管の表面を直接のぞくのは不可能であり、すい臓がんの大部分を占める膵管がんの早期発見は不可能に近いことになります。乳がんの初期に乳首の乳管から血液に交じってがん細胞が出てくることがあり、ごく細い管の内視鏡で乳管がんの初期を観察した例もありますが、あまり一般的ではなく、乳がんの早期発見はエコーやレントゲン等で試みるわけですが、ステージⅠとは言っても、100%治癒というわけではありません。ただ、乳がんというのはもともとおとなしいがんであり、薬物によく反応するので、予後は全体に良好というわけです。
 例をあげればきりがありませんから、この辺にしておきましょう。

 以上のことからおわかりのように、消化管特に食道・胃・大腸・直腸は管も太く、直接観察が容易で、上皮すなわちそれぞれの表面が内視鏡で観察できるということから、真の意味の早期発見が可能となるわけです。しかも食事を通して、外界と常につながっているということは、発がんしやすい、がんを起す発がん物質と頻繁に接触していることになるので、それぞれのがんの頻度が高いというわけです。しかも食事やそのかすを肛門に向かって移動させ排出させるので、その管は太く、管の内側から上皮(粘膜)、(粘膜固有層)、粘膜下層、筋層と分かれ、胃では漿膜下層・漿膜となります。そして上皮(粘膜)からがんが発生するわけですから、そこにとどまっていればつまり粘膜下層に入っていなければ、100%治癒が望めるわけです。
 つまり、100%治癒が望めるがんで、しかも数が多い場合は、「がん検診」の対象として十分意味があるというがんになります。食道がんの大部分の原因は、アルコールとタバコ、胃がんの原因の大部分はピロリ菌感染ですから、それらのがんになりやすい人は検診をしたほうがいい。また大腸がんの原因はタバコやアルコールもありますが、脂肪の多い食事、ハム・ソーセージなどの保存食化した食品で、極めて現代的な食品ですから、すべての文明国の人々の大腸がん罹患率が増加しています。大腸がんは検診の対象として意味があります。特に直腸に近いS状結腸癌が急増しています。
 Kさんの場合、当然毎年大腸内視鏡をしていれば早期発見できたでしょうが、一般的に大腸がん検診は検便(便潜血検査)で陽性(血が混じっている)ということで、大腸内視鏡に進みます。検便でひっかからない大腸がんもあります。それは大腸粘膜から発生するのは同じですが、表面に盛り上がってくることが少なく、どちらかというと下にもぐりやすいがんで、肝や肺に血行性に飛びにくく、腹膜転移やリンパ節転移が多いという場合があるようです。あるいはこちらのタイプだったかもしれません。Kさんの場合、まったく無症状だったと聞いていて、主治医から久し振りに大腸内視鏡をしてみようかと、12年ぶりだったかに内視鏡を施行して発見となったようです……。
 今回は、ここまでとして、次回以降に「がん治療」のお話をしたいと思います。

つづく