[1077]参政党人気に映る時代の影

 

 この政党の参院選での「躍進」に私はちょっとびっくりしました。そもそも私はこの政党の名前をはじめて知りました。

 22日の朝日新聞が「参政党 勢力拡大の背景は」というタイトルで紹介しています。党副代表の神谷参院議員にインタビューしています。

 綱領に「先人の叡智活かし、天皇を中心に一つにまとまる平和な国をつくる」とうたわれているそうです。ユーチューブを手段にして党勢を広げているようです。街頭演説は扇動的に聞こえると記者は言います。

 この綱領をつくった人に映った日本は、先人の叡智が生かされていない、「天皇を中心に一つにまとまった平和な国」ではなくバラバラに分断された危険な国なのでしょう。

 いまと将来の生活に不安を感じる昨今、多くの人々がこの現状認識に共鳴するところがあるのかも知れません。天皇を神と崇めるという意味ではなく、不安の対極としての安心安定のシンボルとして天皇は心の中に有るのでしょう。

 さらに党が掲げるコンセプトは、「投票したい政党がないから、自分たちでゼロからつくる」です。党のホームページには「DO IT YOURSELF」と書いてあるそうです。略すとDIY。記者によればインテリアなどを自分でつくるという意味の略語だといいます。

 これは既成政党に嫌気がさしている人びとには受けいれられるかもしれません。。

 要するに日本の現状に不安を覚えている労働者民衆の中に、ユーチューブにのせて流されるこの政党のスローガンに新鮮さをおぼえ、参院選選挙の日だけ自分の反発心を預ける行動をした人がかなりいたということだ思います。労働組合員の中にも参政党に入れたという人がいます。

 しかし天皇を中心に一つまとまる平和な国は危ないと思う。戦前の日本はそうだったのではないでしょうか。

 いや、昔ではなく今、改憲の動きが強まり、戦争のできる国へと日本は変貌しつつあります。戦争に向かった昔も今も、日常生活は楽ではないけれど淡々と流れています。

[1076]ツイッター社も解雇

 ツイッター社のCEOイーロン・マスクはメールで「世界的に競争が激化する中でツイッターが成功するには、極端にならなければならない。これは長時間、猛烈に働くことを意味する」と主張したとのことです。

 さらにマスクは「もし新しいツイッターの一員になりたいなら、添付したリンクでイエスをクリックしてほしい」と求め、「明日午後5時(米国時間17日午後5時)までにそうしなかった社員は3カ月分の解雇手当が支払われるだろう」とメール。 日付は11月16日。タイトルは「分かれ道」だったそうです。

 マスクは、自らが経営する米電気自動車大手「テスラ」では、工場内の会議室に寝袋を持ち込んで働いたことがあると言っているらしいです。

マスクは10月下旬にツイッターを約440億ドル(約6兆円)で買収。赤字体質から脱却するため、人員削減などの構造改革を進め、抜本的な組織改革は今週末までに終えるという。

(17日毎日新聞参照) 

 

解雇通告はツイッター

Rakuten Newsに掲載された15日のガジェット通信  によると、ツイッター社員をツイッター上で解雇したイーロン・マスクCEOが再び話題となっています。

その顛末は次のとおりです。引用します。

 ーー6年間AndroidTwitterの担当エンジニアだったフロンホーファーさんとマスクCEOの間で技術的問題に関する議論をTwitter経由で何度か行った後、とあるユーザー(ツイートは非公開)が「こういう態度の社員はチームに必要ないでしょ」というツイートを投稿。 それに呼応する形でマスクCEOが「彼を解雇した」とツイートした後、会社のパソコンにログインできなくなったフロンホーファーさんは解雇されたことに気付いたそうです。ーー

 血も涙もない荒涼たる世界が広がっています。このやりかたはこれからもなされ、広がるでしょう。

 次の一文はツイッターに投稿されたものです。

言論の自由の場を求めてツイッターを買収したマスク氏が、社員の意見にここまで辛辣とは。ツイッター上での議論でクビにされてしまっては、自由につぶやくなんて怖くてできませんけど…。」

 

 団結を壊された時代の中で労働者の闘いはますます厳しくなってきました。

 資本制生産様式の生命線は、一言で言えば、時間の節約です。この資本主義社会になって以降、労働者は資本家からできる限り短い時間でいいものをたくさんつくれと言われてきました。時間の節約は労働過程で追求され資本家は剰余価値を取得します。要らなくなったら首を切られ、路頭に迷わされるということが繰り返されてきました。労働運動は敗北を重ねてきました。今や首切りが電子メールで通告されるまでに資本主義社会は進んでいます。

いわば、時間の節約が解雇通告の形式にまで広げられてきました。人情などという言葉は消えました。

 新型コロナパンデミックをくぐった現代資本主義の中で、階級社会の矛盾が露頭しています。資本主義の仕組みに淵源する悲痛な現実を凝視しなければなりません。

[1075]アマゾンの労務管理

 アマゾンの解雇について昨日書きました。今日は2019年からアマゾンで働く労働者に課された究極の労務管理について紹介します。

 以下引用する記事は2019年の4月28日のMIT Technology Reviewに掲載されたものです。

解雇通知書も自動作成、アマゾン倉庫の驚きの生産性管理システム

人々が機械に監視され管理されるのは、SF小説の世界に限った話ではない。今や、現実のものとなっている。

ここ何年間も、アマゾンの倉庫で労働者が直面している好ましくない労働条件については多くの報告がされている。従業員は1時間に何百という箱詰めを強いられ、作業が遅ければ解雇を突き付けられる。

ザ・バージ (verge)が入手した資料によると、アマゾンの従業員が生産性の低さを理由に解雇されるのは、部外者が考えているよりもはるかに一般的だという。アマゾンで2017年8月から2018年9月までに、生産性を理由に解雇された人は、一施設につきおよそ300人だった。重要なのは、解雇手順のほとんどが自動化されている点だ。

アマゾンはすべての労働者の生産性を追跡し、監督者が何も入力しなくても、自動的に警告書や解雇通知書まで生成するという。マネージャーはその手順を覆すこともできるが、どのくらいの頻度でそうしているのかはアマゾンは述べなかった。同社によると、従業員は解雇のプロセスに抗議することはできるという。

ウーバーのドライバーたちは「アルゴリズムによる管理」について不平を訴えてきた。アマゾンは「コンピューターによる解雇」の最初の事例ではないが、自動化進展するにつれ、こういった話はもっと一般的になりそうだ。

引用はここまで。

 これは知りませんでした。解雇するかどうかの判断素材がコンピューターによって与えられ、経営者はそれにのっとって労動者に解雇通告するというシステムが導入されています。労働者の解雇がコンピューターの「判断回路」に依拠して行なわれる時代になりました。

 ツイッター社では、解雇通告がツイッターで行なわれ、即パソコンにログインできなくされるという事態が起きています。

 つづく

[1074]アマゾンも大量解雇

15日のFNNオンラインは次のように伝えました。

 

米アマゾン 従業員1万人解雇へ 「メタ」「ツイッター」に続く人員削減

 アメリカのネット通販最大手アマゾンが、およそ1万人の従業員を解雇する方針であることがわかった。 現地メディアによると、アマゾンは今週中にも、過去最大規模となる、およそ1万人の解雇に踏み切る方針だと報じた。

 人工知能の「アレクサ」などを扱う端末部門や、人事、小売り部門などが対象となる見通し。 アマゾンの9月までの3カ月間の決算は、エネルギー関連の高騰や、コロナ禍に増やした従業員の人件費の高騰などが原因で、前の年の同じ時期と比べて減益となっていた。

 アメリカのIT業界では、大規模な人員削減が相次いでいて、メタ社は1万1,000人以上、ツイッター社を買収したイーロン・マスクCEOも、従業員およそ半数の解雇を明らかにしている。

引用以上

 解雇攻撃が凄いです。アマゾンで労働組合が結成されたことはこのブログでも書きましたが、組合の闘いはどうなっているのか。新型コロナ下で労働者の搾取を強化し、しこたま儲けたアマゾン資本は減益を理由として大量の解雇で経営危機をのりきろうとしています。

 今日のヤフーニュースでブルームバーグの記事を載せました。

要旨を紹介します。

 アマゾン人員削減を来年にかけ継続、一部社員に決定を通知-CEO 11/18(金) 13:14 Yahoo!ニュース 308 Bloombergブルームバーグ

 米アマゾン・ドット・コムのアンディ・ジャシー最高経営責任者(CEO)は来年にかけて人員削減を継続すると明らかにしました。

 従業員約1万人の解雇が報じられて以降、コスト削減計画にCEOが公に言及するのは初めてです。17日「社の幹部らは人員のレベルや将来行いたい投資を担当チームと検討し、ビジネスの長期的な健全性と顧客にとって最も重要なことを優先している。景気が引き続き厳しく、過去数年ハイペースで採用を行ってきたため、今年のレビューは一段と苦しい」と説明しました。

 同CEOによれば、デバイス・書籍部門の従業員に決定が通知され、採用・人事担当を含むPXT部門の一部従業員にも早期退職の提案が行われ、 •••••••従業員の多くは60日以内に社内で別の職を見つける必要があり、確保できなければ退職パッケージの対象となるといいます。

以上CEO発表のまとめ

「社内で別の職を見つける必要がある•••確保できなければ•••」と言いますが、私はこういうことを、経営者が平気で言うことに怒りを覚えます。労働者の使い捨てです。ジョブ型雇用になっているのでしょう。労働者を首にしておいて、自分にあった仕事を見つけられなければそれは自己責任だというわけです。

 労働者が職を奪い合うことを促し、競争に負けた者は解雇するという。 

資本家の本性をむき出しにしています。

 ジャシーCEOはさらに「当社の年間計画プロセスは来年まで続く。幹部らが調整を継続する過程で、さらなる人員削減が見込まれることを意味する。それらの決定は対象となる従業員と組織に2023年の早い時期に伝えられる」と言いました。

 これはアマゾンで働く労働者にたいする挑戦状です。

 アマゾン、ツイッター、メタ(フェイスブック)などの流通、情報の巨大企業は現代資本主義の一典型です。これらの資本家はポストコロナの過渡期に、なりふり構わず労働者を露頭に投げ出しています。

[1073]世界の激動

 世界は激しく動いています。

 G20では米中などの各国首脳会談で政治的経済的かけ引きが行われています。ウクライナ戦争はウクライナ軍によるポーランドへの迎撃ミサイル発射着弾をきっかけとして、バイデンとゼレンスキーの間の対立が表面化しています。党内反対派を指導部から一掃し一強体制を固めた習近平中国の西側帝国主義への政治的経済的軍事的対抗。

 食糧問題とアフリカの飢餓、世界の労働者階級の食べられないほどの貧困、中間層の貧困層化。ツイッター、アマゾン資本の大量解雇。

 日本の「反撃能力」と軍事大国化、憲法改悪、くすぶり続けている統一教会問題と政治危機、脱炭素を名分とした原発の再稼働と新増設、物価値上げの嵐••••••。

 ロシア軍に反撃するウクライナの労働者階級の闘い、ゼレンスキーの労働法改悪に反対するウクライナ労働組合プーチンの弾圧に抗して動員令に反対するロシアの労働者階級学生。しかしウクライナ戦争に反対する国際的反戦闘争の低迷、日本労働運動の産業報国会化、これを覆す力の停頓•••••••。

 この動きをすべて一挙に把握することは困難です。

 現実否定的•変革的立場にたって、起こった現実をまず現象輪的に認識しそこから下向的に掘り下げていかなければなりません。一つひとつの出来事を他の出来事との関係において個別的に分析し、把握しなければなりません。分析的•綜合的にです。

 現代世界の“いま•ここ”はこういう方法論的なことを確認し、この世界の内部で腰を据えて現実の動きを凝視しなければならないと思います。悪事が渦巻き吹き荒れて世界の労働者階級民衆を襲っています。パンドラの箱は新型コロナ危機と戦争でひっくり返され、覆い隠された矛盾が露頭したのです。

 動中静の構えで現実と対峙しなければなりません。。

 

 

[1072]再び胡錦濤退場事件について

15日のヤフーニュースに夕刊フジの記事(峯村健司)が紹介されていました。

 中国共産党大会での胡錦濤前総書記〝途中退席〟事件に関する分析内容と、中国問題を分析する際の”追っかけ方“が述べられています。

 

 私もあの事件にはいささか驚きました。中国共産党大会のいわばハップニングがリアルタイムで放映されたからです。ブログの[1053][1054]で私が感じたことを書きました。

 

以下ヤフーニュースより

習政権3期目の行方を占う胡錦濤前総書記〝途中退席〟事件・第4弾 党幹部向け文書に極めて重要な「個人的な心情」の説明

11/14(月) 17:00配信

夕刊フジ

【ニュース裏表 峯村健司】

 

本欄では引き続き、10月22日の中国共産党大会閉会式における胡錦濤前総書記(79)の〝途中退席〟事件を取り上げたい。なぜしつこくこの問題を追いかけるのか、疑問に思われる読者がいるかもしれない。それは、本件が単なる胡氏個人の問題ではなく、「習近平政権の3期目」の行方を占ううえで、重要だと考えるからだ。

 

米国や台湾などの専門家らと意見交換を進めるなかで、「胡氏が新人事に対して『抗議の意』を表そうとしたところ退席を余儀なくされた」という見解ではおおむね一致している。

 

筆者は大会に出席した共産党幹部を親族に持つ党関係者らに取材を続けたところ、新たな事実を確認した。

 

それは、事件の顚末(てんまつ)について、10月22日夜に党内の幹部向けに出された説明文書だ。そこには、退席した理由が次のように記されていた。

 

「第20回党大会で中央委員を選出する際、前指導者の個人的な心情と体調などを考慮、尊重して、閉幕前に退席して休んでもらった」

 

ここで極めて重要なのは、胡氏の「個人的な心情」が理由として明記されていることだ。同じタイミングで、国営新華社通信の英語版ツイッターの説明では、「体調問題」の部分だけが記されていた。

 

胡氏の「個人的な心情」とは、新人事で自らが率いる共産主義青年団共青団)出身の胡春華・副首相(59)らの降格が決まったことに不満を示したことを裏付けている。

 

伏線はあった。北京に隣接する河北省のリゾート地、北戴河で8月上旬に開かれた秘密会議「北戴河会合」で、胡錦濤氏が次のような発言をしていたことを前出の党関係者から確認している。

 

「最高指導部に、共青団出身者を一人はいれなくてはならない」

 

習近平総書記(69)主導で進められた人事に対して、胡錦濤氏は異議を申し立てた。これに対し、習氏は会議上では、胡春華氏の常務委員への昇格を内諾していたという。

 

こうした経緯を振り返ると、閉会式直前に習氏との人事案をめぐる約束を反故にされたことを知った胡錦濤氏が、海外メディアの取材団が入ってきたタイミングであえて、抗議の意思を示そうとした、と考えるのが合理的と言えよう。

 

厚いベールに包まれた中国政治の中枢、中南海の動向を探るのは極めて難しい。中国共産党内では、「権力闘争」も「派閥」も存在しない建前だ。しかも、中国当局は党内の内部情報を開示しないだけではなく、今回の胡錦濤氏の「病気説」のように世論誘導を狙った情報操作をするから厄介だ。

 

こういう難しい状況下で正しい情報を収集して判断する方法は、公開情報を丹念に集めて「流れ」を把握したうえで、内部情報で「裏取り」を進めること。これが、私が15年間、中国政治を分析した経験に裏打ちされたやり方だ。

 

引用以上。

 10月22日の党内の幹部向けに出された内部文書の内容が事実だとすれば、大会で胡錦涛習近平人事に関する反発を示したことを党が認めたということです。

 胡錦涛のあの行動の意味は体調問題だけではないと推断していいと思います。習近平新体制と胡錦涛の行動——それは、自身の諸施策にたいする共青団派からの根強い批判を厄介だと思った習近平が、異論をもつものを指導部内から排除したということを端的に示しているといえます。

 中国国家資本主義は新型コロナ危機のなかで行き詰っています。習近平は一方で米欧日諸国とのウクライナ、台湾問題など危ういパワーゲームを展開しつつ、中国の労働者階級に犠牲を強いることを通して危機をのりきる方途を探るでしょう。

 

[1071](寄稿)東大理科三類生,留年取り消し訴訟について考える-2

ペンギンドクターより

その3

 

 さて、転送する文章は例の「東大理Ⅲの学生の留年問題」です。西牧さんの主張には「1」もありますが、そちらは一般的ですので、この「2」がより重要と思い、転送します。西牧さんは京都大学出身です。対抗意識があって言っているとは思いません。的を射た意見と思います。何を今さらですが、私は北大と京大には今でも憧れを持っています。昔、東京から田舎に帰る時に京都大学の「吉田寮」に泊めてもらったことがあります。そのあと鈍行で帰って帰宅した時に駅で200円ぐらいの持ち金だったか、駅からはタクシーで帰り、これでスッキリ無くなったという記憶があります。若さの無鉄砲さですね。では。
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 東大理科三類生,留年取り消し訴訟について考える-2

 長野県松本深志高等学校教諭
 西牧岳哉

 2022年11月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
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 = 人として成績の下方修正は「謝罪」しなければならない =
 私も,高校の教諭という立場で生徒を評価している。人間である限り採点ミスなどを100%防ぐことはできない。しかし,テストの答案(のコピー)を返却してから生徒が採点について異議を申し立ててくれば真摯に対応し,「ごめんね」と謝って成績を修正する。また,点数の入力ミスはほとんどないが,生徒に成績表が配布されるので,答案の点数と違えば生徒は異議を申し立てるから入力ミスは修正される。高校現場ではそのようにして不当に生徒が低い評価をされないようになっている。
 それに対して大学はどうだろうか。特に目を疑うのは,「成績確認申請により成績評価が下がるケースがあることは,『履修の手引き』にてお知らせしているとおり」(https://news.yahoo.co.jp/articles/7f5ba0815efea3c38da81ad8a3347c661f44d746?page=2   )という東大教養学部の対応だ。

 「成績確認申請により成績評価が下がるケースがある」などと,どうして記載する必要があるのだろうか。通常ならば,成績確認申請の方法を記載するだけで十分である。成績確認申請をした学生に対して答案やレポートを精査することはあってもよいが,その結果成績が上方修正されることもあるはずだ。上方修正も下方修正も同じ頻度で起こるはずである。つまりは,「成績確認申請をしても却って成績が下げられ,学生にとって不利にしかならない。」と暗に警告しているように思われる。更に驚くことは成績の下方修正が杉浦さん本人に知らされていなかったことだ(その一方で成績が上方修正された学生には連絡されている)。上方修正ならともかく,下方修正ならば,きちんと本人に経緯を説明し,謝罪するのが人として当たり前のことではないだろうか。杉浦さんが成績の下方修正に気が付いたのは,修正前の点数を本人が保存していたからだ。もしそうしていなかったら成績の下方修正が明るみに出ず,「もともとこんなに低い点数だったからコロナに関係なく留年だったんだよね。」という大きな誤解に繋がってしまっていたところだった。いずれにせよこのような成績の大幅下方修正が,しかも本人に連絡せずに行われるような組織は信用するに値しない。

= 成績下方修正から説明・連絡への時系列も重要 =

 上記の成績下方修正の詳細には疑問ばかり残るが、重要なポイントは時系列である。通常の成績修正は学生からの「成績確認申請」受理後に行われる。ところが今回は「成績確認申請」受理の約1日前(6月18日)に密かに行われている。そして、成績修正の本人への連絡日時も大切である。他学生との成績取り違えであれば、成績修正の連絡は、二人に同時に行われるのが当然である。わざわざ連絡日時をずらす必要はない。今回の場合、杉浦さんへの連絡は杉浦さんが教官と教務課に確かめた後のことである。杉浦さんが8月4日、文部科学省記者クラブで記者会見し、報道各社の問い合わせに教養学部は杉浦さんの減点を認め、「杉浦さんとほかの学生の評価を誤ってつけていたことがわかった」などと初めて明かしたようだ。成績下方修正から説明までに時間がかかりすぎている。そして、見過ごせないのは「成績取り違え」のもう一人の学生への連絡日時が8月23日ということだ。(https://japan-indepth.jp/?p=69312 )杉浦さんの記者会見から約20日後のことである。なぜこのようなタイムラグがあるのだろうか。『成績大幅減点の言い訳として、後から適当な学生(進振り制度の関係ない理科三類生だろうか? )を探して大幅加点し、本人へ連絡して証拠を作ったのでは?』と疑われても仕方がない。

= 学生に対して冷たい東大 =

 話を変えて,なぜ東大が学生に対してこのような冷徹な態度をとるようになってしまったのか考えたい。よく言われるのが「進振り」制度である。「進振り」の詳細についてはここでは触れないので,ご自分で調べていただきたい。東大卒業生なら言わずともご存じであろう。大学入試のように同じ入試問題で公平に点数を付けられて振り分けられるのであれば問題ないが,東京大学に入学してからの総合点(「基本平均点」と呼ばれているらしい)次第で希望の学部・学科に行けなくなることもある。大学入学後の総合点は履修科目や教官の方針などで違いが出てしまうから,公平な評価は難しいと思う。しかし,学生を総合点で序列しなければ「進振り」制度は成り立たない。

 さて,「進振り」の結果に不満のある学生が「成績確認申請」をして,学生の希望が通ってしまったらどのようなことになるか察しが付く,不満な学生は我も我もと「成績確認申請」をして収拾がつかなくなる。だから大学側は学生が「成績確認申請」をしにくいようにしているのだろう。 

 私は京都大学理学部卒である。私の頃の話だが,京大理学部では2年生から3年生になるときに学科(専攻)を決めて,4年生になるときに研究室を選ぶようになっていた。物理など人気の高い学科では希望者がオーバーしていたようだが,東大のように総合成績ですぐに決めることはせず,時間をかけて決めていたようである。東大の学生からすれば,「そんなもの総合成績で決めればいいじゃないか。」ということになりそうだが,大学の総合成績などあてにならないものである。ノーベル賞級の優秀な科学者は,大学の総合成績など関係なく,自分の好きな分野に熱中して最終的に世界的な研究成果を出すことができる。そのような「千里の馬」をつぶさないためにも,京大理学部では安易に総合成績で決めることはしていなかった。確かに「進振り」制度があれば,学生はどの科目の授業も真面目に学習するだろうから,何にでも秀でている秀才や官僚になるには良いだろう。東大はそのような人材を求めている,と感じているのは私だけだろうか。

= 変わることができない・変わろうとしない東大 =

 京大は人間総合学部の新設や工学部の改組など組織を大きく変えてきところがある。東京工業大学も2016年4月に実施した教育改革と、2019年4月以降の入学者を対象とする入試改革により、教育体系が変わっている。しかし、東大は文科一類理科三類といったような教育体系は全く変わっていない。つまり,変わっていないのは「進振り」制度だけではない。というより,「進振り」制度を変えるのなら現在の文科一類理科三類といった教育体系も変えなければならない。

 そのほかに東大入試でもいつまでたっても変わらないものがある。私が専門としている化学の入試形式である。信じられないことに,東大入試の化学の解答用紙は「罫紙」なのである。「罫紙」といってもそれが何かわからない方もいると思う。罫紙とは文字を揃えて書くために、紙上に一定の間隔で横線が引かれただけの紙である。つまり,大学ノートそのままが解答用紙になっていると思えばよい。罫紙には「第1問」というような大問の番号が左上に書いてあるだけで,小問の番号が書いてないから,受験生は自分で「問1ア」などと問題番号を書き,解答を書いていかなければならない。数学ならばそれでよいかもしれないが,小問が多い化学では面倒な話だ。このような形式は印刷技術の貧弱な昭和初期の話ではないかと笑ってしまう。小問の番号や解答枠など簡単に作ることができるし,その方が採点もラクだろう。近年では採点アプリも普及してきており,私も勤務校で生徒の答案をスキャンして採点ナビなるソフトウエアを使って採点している。以前に比べて格段に採点作業がラクになった。

 東大入試の計算問題の煩雑さも何十年たっても変わらない。化学の計算問題では原子量を扱うことが多い,残念なことに東大の入試問題では与えられる原子量が細かい。例えば,硫黄の原子量を「32.1」カリウムの原子量を「39.1」などと与えてくるのである。硫黄は32,カリウムは39で計算させればよいではないか。電卓が当たり前の時代に受験生は細かい筆算を強いられる。つまりは細かい処理能力がなければ東大理科には合格できない。

= 決して過ちを認めない東大 理由は「認めればとんでもなく面倒なことになるから」 =

 杉浦さんの件では、東大は今後も決して過ちを認めないと思う。裁判でしか解決できないのではないか。そのような意味で杉浦さんのとった勇気ある行動は、変わろうとしない東大を変えていく大きな一歩だと思う。2021年の東大入試の化学で大きな出題ミスがあった。(https://youtu.be/MXBTQpQ9UBQ )なんと大学1・2年生程度で習う分析化学の基本的内容を出題者が理解しておらず、専門用語を誤使用していたのである。キーワードとなる専門用語を誤使用していたために,至る所で矛盾が起こり、大問1つが丸々不成立となってしまった。東大専門塾の鉄緑会が「東大化学問題集2023年度用」の解説でそれを訴えている。しかし,大手新聞社が騒がない限り,不合格となった受験生が訴訟を起こさない限り,東大はこの問題を無視し続けるだろう。出題ミスを認めたら大変なことになるからだ。 

 2017年には阪大物理で出題ミスがあり、翌年1月に30名が追加合格となった。また、同年度の京大入試でも出題ミスがあり、同じく追加合格者を出している。これは大きな社会問題として取り上げられた。特に入試から1年近くたってからの追加合格は前代未聞で大学全体を揺るがすものであった。( https://chng.it/qZ2vn7HVPR ) 

 入試の出題ミスも,コロナ留年問題も,ミスを認めたり,学生の申し立てを一度認めてしまえば後始末が大変なことになるし,次から次へと類似した訴えを認めざるを得なくなる。東大はそれを知っているから決して認めようとしない。抗議文まで出して一人の前途有望な若者を潰そうとした。とても教育者のやることとは思えない。学生のことなど一片も考えていない。 

 一度決めてしまえば前に進むしかない。中国のゼロコロナ政策然り,ロシアのウクライナ軍事侵攻然りである。自国民の幸せよりも自分の保身だけを考えている指導者が世界には多い。日本のトップに位置する大学も同類なのか?

 

 長野県松本深志高等学校教諭 西牧岳哉1965年長野県松本市生まれ1988年3月京都大学理学部化学科卒同年4月より長野県立高校の理科教諭となり現在に至る所属学会:日本化学会,日本理化学協会令和元年度日本理化学協会賞受賞令和3年度第53回東レ理科教育賞 文部科学大臣賞受賞https://www.toray-sf.or.jp/information/220418.htmlYouTubeチャンネル:Online Chemistry by Higashimaki------------------------------------------------------------------------ご覧になる環境により、文字化けを起こすことがあります。その際はHPより原稿をご覧いただけますのでご確認ください。MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp---------------------------------------------------------------------------◆◇お知らせ◆◇◆◇◆◇MRICの英語版として、MRIC Globalを立ち上げました。MRICと同様に、医療を超えて、世界の様々な問題を取り上げて参りたいと思います。配信をご希望の方は、以下のリンクからメールアドレスをご登録ください。https://www.mricg.info/◆ご投稿をお待ちしています◆◇◆◇◆◇投稿規定はこちらからhttp://expres.umin.jp/mric/mric_hennsyuu_20211101.pdf---------------------------------------------------------------------------今回の記事は転送歓迎します。その際にはMRICの記事である旨ご紹介いただけましたら幸いです。MRIC by 医療ガバナンス学会 http://medg.jp****************************************************************************※メールアドレス変更・メルマガ解除は以下よりお手続きをお願いいたします。http://medg.jp/support/mailinfo.php?id=s1diR9vrPt1iJTGHMRIC by 医療ガバナンス学会