[553](寄稿)生老病死

f:id:new-corona-kiki:20210618051040j:plain

ペンギンドクターより
その2

『医療あれこれ(その58)』から

●私が最近経験した73歳男性の心房細動・心不全のケースを紹介します。

生老病死」という言葉があります。仏教用語で「四苦八苦」の「四苦」を表しています。生まれること(生きること)、老いること、病むこと、死ぬこと、以上の四つで、「苦しいこと」と言うより「自分の思うようにならないこと」の四つというのが正しいようです。

 ただ私はこれを「生まれて老いて病んで死ぬ」という風に誤解していた時期があります。つまり時間的な経過を加味していたわけです。そのためもあって、年をとれば必ず病気をする、高齢者は何か必ず病気を抱えているから注意しなくてはならないと思うようになりました。特に57歳で外科医から内科医に転向してからは、一般外来において「高齢者は些細な訴えであっても重大な病気が隠れている」と常に神経をとがらせて診察しています。特に自分が70歳を過ぎて周辺の人びと、友人・知人の訃報を耳にすることが多くなるとなおさらです。

 本日はそんな事例をお知らせします。先日経験したクリニックのケースです。

 5月12日(水)、この日の一番目の外来患者さんは73歳の男性でした。ナースの簡単な予診では、5月8日(土)に引っ越しを手伝って汗をかいたせいか風邪をひいたということでした。

 診察室に入ってきた男性は中肉中背の方で、大きなはっきりした声でしゃべる元気そうな方でした。歩行もしっかりしています。病人には見えません。長くなるので、逐一のやり取り(私は問診に十分時間をかけますが)を一部省略してまずはまとめます。Cクリニックは「在宅医療」中心のクリニックです。外来患者で稼ぐ必要はありませんから、余裕を持って診療ができます。

◍現病歴:8日(土)引っ越しを手伝って汗をかいてから何となく調子が悪い。朝起きてちょっとフラフラする。熱はない。咳もない。でも自分では風邪だと思う。元気の出る点滴をしてほしい。

◍既往歴:持病はなし。薬など飲んだことはないとのこと。ちょっと自慢そうに60歳で会社を辞めてから医者にかかったことがないとのこと。ただし、私の繰り返す質問で、「花粉症」で薬を飲んだことがあることを思い出してくれました。

 私は、初診の患者さんには(特に高齢者)、病状の聞き取りに加えて、「ご家族は?何人で暮らしているか?」とか「自分では何の病気だと思っているか?」「何をしてほしいのか?」「ここは初めてですが、どうしてここに来たのか?」など、相手の顔色をみながら、相手が不快な気持ちにならない程度にしつこく聞きます。この日も、私自身の病気「高血圧」なども話題にして、「70歳を過ぎるとみんな病気になるんですよねえ、大体一つや二つの薬は必ず飲んでいて、ご主人のように持病が一切ない、薬など飲んだことがないというのは珍しいんです。血液検査もしたほうがいいですよ」さらに「点滴をするのはかまいませんが、何が原因でフラフラするのか、調べる必要があります……」

 本人は反応も良くいろいろ話してくれました。そして「声が大きくて元気そうですが、耳が悪いんじゃないですか?」と聞いたら、「難聴がある」とのこと、さらに「いつもと違って何か変だ」とのこと。

 難聴があると聞いて、元気な大きな声の理由がわかりました。「私もだんだん耳が遠くなって声が大きくなるんです」と言いながら、ようやく服の上から胸に聴診器を当てました。診察室に入ってもらってから10分余りたっていたと思います。

 “心肺聴診”、これで診断がつきました。一発です。聴診器様々です。「心房細動」です。心雑音はありません。いや、服の上からですし私の耳も遠くなっているので、丁寧に聴けば軽度の雑音はあったかもしれません。念のため両方の手首の橈骨動脈の「脈」を触れて、不整脈を確認しました。

 「心房細動(atrial fibrillation)略称af」は不整脈ですが、その不整脈に特徴があります。英語で言うと「irregular irregularity」で「不規則な不規則性」と妙な表現でもありますが、的確な表現とも言えます。規則正しい不整脈ではなく(例えば三段脈など)、まったく規則性のない不整脈です。

 念のため、すぐに心電図を採りましたが、心房細動で間違いありませんでした。病院ならさらに胸部写真を撮るとか、いろいろ調べるのでしょうが、余計なことはしません。すぐ紹介です。

 私は心電図を見せながら、「心臓が不規則に動いているんです。いつから始まったのか、これがフラフラする原因なのか、わかりませんが、ほっとくと脳梗塞とかになって半身不随になるとか、いろいろあるんです。大きな病院に紹介状を書きますから、行きましょう。移転して遠くなったけれど、市民病院に行くといいと思います。循環器にすぐかかれるように、連絡しておいてあげますから……」

 患者さんは意外にも素直にすぐ行くとのこと。こういう場合、反応はいろいろあるのですが、大きい病院へ行くように言っても、すぐ了解してくれる人ばかりではありません。大したことはないから、薬をくれとか点滴してくれとか、紹介を嫌がる人もいます。まして10年以上医者にかかったことがない男性です。意外でしたが、見かけよりよほど調子が悪かったのかもしれません。自分でも変だと自覚していたのでしょう。車で来ていて、病院にも自分で車を運転していくというので、ちょっと私は不安になりましたが、「まあ大丈夫だろう」と紹介状を書きました。日頃の持論「年をとれば必ず病気になる」がズバリ的中して私はかなり満足していました。

 一週間後の水曜日の勤務日です。事務員が市民病院の循環器科から返事の手紙を持ってきました。診断は、

「頻脈誘発性心筋症」「心房細動」「うっ血性心不全」「糖尿病」

とあり、すぐ入院してもらいましたとのことでした。

 私はびっくりしました。すぐに入院となるとは思わなかったからです。「心房細動」は確かだが、高齢者にはよくあることで、外来で治療方針を患者さんと相談しながら検討すると思っていたからです。すぐに紹介してよかったと胸をなでおろしました。そのまま帰宅させていたら、危なかったかもしれません。

 返事をくれたのは私の同級生のS院長でした。たまたま彼が循環器科の初診の当番だったのかもしれません。返事の文章の中に「ご無沙汰しています」と書いてありました。市民病院の院長は大学医学部の同級生です。身長が187cmもあり、名前が五十音順で近いので大学受験の時「大きな男がいるな」と彼の姿を認めていたような記憶があります。彼は医学部のボート部で私はストライキ終了後に山岳部に入り、部室が近くだったせいもあり、顔なじみでした。もちろん彼はストライキ時代の反対派でしたが、人間的に対立していたわけではありません。

 それはともかく、コロナの前に彼と私ともう一人の同級生で開業医の3人で駅前の居酒屋で痛飲したこともあります。その時、「市民病院には定年はないんだ」と言っていました。

 話が横道に逸れてしまいました。

 「心房細動」については以前いろいろお話しました。高齢者には大変多い疾患です。女性よりも男性に多い。ネットで検索すると、膨大な数の大病院・ハートセンターなどが宣伝を兼ねて、「心房細動」についての詳しい情報をわかりやすく提供しています。そちらをご覧ください。

 この73歳の男性は、入院後いろいろな検査(心臓カテーテルで冠動脈には異常なし。心臓エコーも行われています)をして、内服薬を処方されて退院となりました。具体的には軽い糖尿病もあって心不全にも効果のある糖尿病薬SGLT2阻害薬フォシーガなどが処方され、まだ73歳で元気な男性ということで、心房細動の根治的治療法である「カテーテルアブレーション」も勧められているようです。市民病院の循環器の医師から当クリニックの院長(元小児心臓外科医)に逆紹介され、日常的には院長が内服薬を処方しつつ経過を診て、適時市民病院循環器科との併診となりました。

 参考までに内服薬を列挙します。一部略号ですが効能も示します。

イグザレルト15㎎ 1T(心房細動の血栓形成を抑制するDOAC)

ランソプラゾールOD錠15㎎ 1T(胃酸を抑える制酸薬)

フォシーガ5㎎ 2T(SGLT2阻害薬、糖尿病薬、心不全にも有効)

アゾセミド 30㎎ 1T(ダイアート、ループ利尿薬、慢性心不全

スピロノラクトン25㎎ 1T(利尿薬、心不全、降圧薬)

ビソプロロールフマル酸塩 0.6 1T(β遮断薬、慢性心不全

カンデサルタン 4㎎ 1T(高血圧症の薬剤、ブロプレス、ARB

 10年以上、花粉症の市販薬の他、内服薬ゼロの男性が、多量の薬を内服することになりました。退院後私自身は患者とは会っていません。

 心房細動といえば、昨年2020年2月、私が幹事だったクラス会で同級生が虎の門病院でこのカテーテルアブレーションを受けて心臓に穴が開き緊急に開心術を受けたという話をしました。その時、別の同級生が同じ治療を受ける予定だったのですが、彼は幸い、二度目のアブレーションで根治ができたようです。ただし、根治と言っても、時に再発もあるようで完治と言い切ることはできないようです。

 実は私は今、アルコール摂取を週二回(水)(土)のみとしているのですが、次のような理由からです。

 毎年やっている人間ドックで心電図はずっと「異常なし」だったのが、数年前突然「完全右脚ブロック」に変化したことがありました。それ自体は治療する必要のない所見ですが、この変化は間違いなく加齢によるものです。次に来るのは「心房細動」である可能性は十分あります。心房細動の原因の第一は加齢です。そしてこの加齢による心房細動は、アルコールによってその頻度が増すという報告があります。アルコール量については少量でも起こりうるのです。ということで、私は自分のアルコールを週二回のみとしています。時々汗をかいた日などに禁を破りたくなるのですが、「自分で決めたのでしょ」とそばにうるさい人がいて仕方なく諦めます。量は大体日本酒なら一合、焼酎なら100㏄です。それでもたまに飲むせいか、大変いい気分になります。もっと飲みたい日もありますが、飲むと夜中に起きた時(過活動性膀胱でどうしても夜2度ぐらい起きてしまいます)、「動悸」がすることが多いので控えています。

 さらに(水)にしたのは、上述のクリニック一般外来を終えてホッとしている日であること、8000歩の歩数ノルマが昼までには終わっていること、(水)午後は私が週に一度家中を掃除する日で、女房が「御苦労さんでした」と自分から進んでおつまみを用意する気分になっていることなどです。(土)は一週間の仕事が終わった日だからですし、(土)(日)で出かけることもあって、常に(土)は一杯やる気分になっているからです。

 「そこまで好きな酒を制限しなくていいじゃないか」というお酒好きもいるでしょうが、因果関係がわかっているのなら、原因を減らすべきだとは思いませんか。もちろん、人さまざまであり考え方もいろいろでしょう。でも心房細動が原因で脳塞栓(心房細動でできた血栓が頭に行く動脈に飛び、梗塞を起こすのですが、通常の脳梗塞より重症が多い)になって、植物人間になった人を数多く見ています。私の祖母違いの従兄も今寝たきりです。親戚知人には他にも心房細動から来た脳塞栓およびそれによる死亡がいます。

 ただし、ハレの日例えば友人・親族との飲み会や旅先ではアルコール制限は解除です。以前よりは年のせいか、それほど飲みたくなくなってもいますが、(水)(土)、録画した旅番組などを見ながら焼酎(時に日本酒)を一献傾けるのは私の巣ごもり生活のささやかな楽しみです。

 では、今日はこのくらいで。