[1154](寄稿)医療あれこれ(その75)−2

ペンギンドクターより
その2 
 
 さて、先日俳優の三谷昇さんが、90歳で亡くなりました。病名は「慢性心不全の急性増悪」でした。ネットや新聞でそのニュースを知って、もうあの人も90歳だったのか、俺も年とるわけだと思っていたのですが、知人からそのことで、電話がありました。「慢性心不全の急性増悪」とはどういうことかという問い合わせでした。
 その知人は「慢性心不全」にて治療中だったからです。質問の回答としては「慢性心不全」が急に悪くなるという味もそっけもない回答ですが、それだけでは身も蓋もないので、まず慢性心不全から解説することになります。
 
 その前に、以前にもお話したと思いますが、付け加えます。高齢社会、特に超高齢者社会になって、循環器系では、大動脈弁狭窄症(AS)と心房細動(Af)が増加していることはおわかりと思います。私が57歳で民間病院の院長になり、主として内科疾患をみて、一年ほどは当直もするようになり、さらに検診業務も行うと、連日心肺聴診を数十名行うようになりました。外科医としての30年で聴いた心臓の音を最初のひと月でオーバーするぐらい、聴診器を使うようになったと言っていい状況でした。するとしばしば前述のASとAfに遭遇します。
 例えば、90歳を超えた老人の心雑音などY医院で何人もみつけたことがあります。90歳を超えて苦しいとも言わない人ですから、カルテには記載しますが、精密検査には回しませんでした。おそらくASでしょう。しかし、クリニックで85歳の女性がこのASで手術(経カテーテル大動脈弁置換術TAVI)を受けたと言ってニコニコしているのを見て、以後は精査に回すようにしていました。
 また風邪できた50代の人の聴診でAfを見つけることもあります。私はケガの若い人には省略することもありますが、診察室で私の前に坐ったら着衣の上から必ず心肺聴診をすることにしています。Af(心房細動)の不整脈はirregular irrgularity と言って、全く規則性のない不整脈ですので、心臓聴診か橈骨動脈(手首)の脈をみればわかります。50代でAfは珍しいのですが、注意していると結構あります。私の従弟もそうです。もちろんAfの場合は心電図をとりさらに精査にまわしました。
 さらに高齢でも、未治療なら80代でも一応心電図をとり、専門医にまわして心エコーなどをしてもらって治療の可否を決めてもらうようにしています。Afの合併症として血栓ができて「急性脳塞栓」などが頻発するので、抗凝固薬の内服が必要ですし、最近はAfの根治術としてカテーテルアブレーションが高齢者でも行われています。アブレーションの前の時代の悲劇として、昨年私の従兄が10年ほど前の脳塞栓にて寝たきりだったのがついに亡くなりました。
 前記の知人の「慢性心不全」に戻ります。私は知人の「慢性心不全」がどの程度のものか、血液検査の結果を聞きました。いろいろ長いやり取りがあるのですが、はしょります。BNPという医療用語を以前お話しました。BNPは採血後血液中で不安定なので、別に採血する必要があり、最近はNT-proBNP(ヒト脳性ナトリウム利尿ペプチド前駆体N端フラグメント)というマーカーが慢性心不全に使われています。正常値は125pg/ml以下です。400以上なら治療をする必要があります。因みに私は4-5ぐらいでした。最近すわって血圧測定をするとき脈拍が80前後のことが多く、夜トイレに行ってまた横になると「動悸」がするので、「いよいよ心臓がバテてきたかな」と半年に一回ほど、測定しているのですが、いつも正常です。
 その値は慢性心不全の知人の場合、1000を越えていました。慢性心不全で治療中なのですから、当然といえば当然ですが、本人は私に言われるまで、自分の検査値に注目していませんでした。昔と違って、検査結果はそっくりコピーして患者さんにわたすのが常識です。まあほとんどの人が自分の病気の現実から目をそらしたいので、もらってもほったらかしですが、家族など周囲の人が保存しておくことが必要です。そうしないと、私としても質問に答えようがありません。
 知人の場合、「慢性心不全」の原因が、いわゆる心筋梗塞や心筋炎、心筋症などではなく、「心房細動Af」のようで、心房細動の根治術カテーテルアブレーションをするようですので、その結果、慢性心不全の上記NT-proBNPの値がどう変化するか、注意しておくといいと思うと話しておきました。
 また心房細動はアルコール摂取により増加するという報告が多く、節酒(純アルコールにて25㏄以下が循環器内科の世界では適量となっている)が必要です。私はそういう観点から、(水)(土)のみのアルコールとしています。そうするとそれだけで十分になっています。安上りです。それ以上呑むと眠りが浅くなりスッキリしません。肉体というものは不思議なものです。浴びるほど(といっても連日純アルコール換算で75㏄以上呑むと二日酔いになるのでそれ未満でしたが)飲んでいた毎日が夢のようです。女房は、旦那は仕事も忙しかったし酒も飲むし、50代で「あの世行き」と考えてまだ未成年の娘を抱えてどうしようかと悩んだことがあったそうです。
つづく