[750]黒い羊

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<卓上四季>黒い羊より
12/23 05:00
ずっと昔、遠い国のお話。黒い羊が他の羊に銃殺された。その100年後、罪を悔やんだものたちが弔いの騎士像を建て、群集からは歓声が上がった。グアテマラ人作家モンテロッソの寓話(ぐうわ)「黒い羊」(書肆山田)の一節だ▼英語で黒い羊といえば、集団の中の異端を指す慣用句。異質なものを排除する心理は国や時代を問わないものなのだろうか。とりわけ、他の集団より自分たちが優れていると信じたい集団ほど、その一体性を守ろうと排他の意識が強まるそうだ▼いわば排除は自信喪失の裏返し。他者に劣ることへの不安が高じるあまり、攻撃に転じるという。いじめはその典型であろう▼東京都の武蔵野市議会で投票資格に国籍を問わない住民投票条例案が否決された。外国籍でも18歳以上で在住3カ月以上の住民の投票に道を開く提案に、会員制交流サイト(SNS)などで外国人排斥の声が高まっていた▼米ニューヨーク市議会が今月、一定の条件下で外国人に地方選挙権を認めるなど、地方自治における外国人の参政権付与は国際的な潮流だ。条例案否決はそんな流れにも逆行する。五輪で多様性を掲げた国の内実である▼寓話「黒い羊」は続きがある。黒い羊の殺りくはその後も繰り返され、そのたびに反省の騎士像が建てられた。「おかげでぼんくらの羊たちですら騎士像作りというものをたっぷりと練習することができたのです」
2021・12・23


 新型コロナ危機のなかで私も感じるところがあった。自粛、ソーシャルディスタンス、マスクという言葉が標語となって国民の行動を規制し、標語に忠実にしたがって行動することが社会人としての証のようになっている。自主規制しないものは非国民のような存在になる。標語が指示する行動がときにウイルスの伝播を防ぐという目的から自由になり護符のようになる。たとえば周りに人がいなくてもマスクつけている方が気が楽。
 私は右傾化する日本社会のなかでコロナ感染症の広がりを奇貨として上から国民を統合しようとする政府に危機感をもった。しかし標語への同調圧力を批判することには勇気がいる。言えば感染防止に背を向けているかのように受け取られ異端視されるのである。
 コロナ問題に限らず同調圧力は反対運動のなかにも浸透している。上から流される公式見解ーー時代の公式スローガンーーに肯首している方が無難ということはよくわかっているがそれは危ない。
 先日新聞でおやっと思う記事を見つけた。
 12月27日の朝日新聞の文化面に「コロナ禍 社会と密になった」という、小説家であり劇作家でもある本谷有希子さんの寄稿があった。
 社会と疎遠になったのではなく密になった、という見出し。ひっかかってそれを読んだ。これはおもしろかった。
 コロナ下で本谷は「ソーシャルディスタンス式の出産」を経験した。家族は病院には入れなかったのである。出産時に家族とすら会えない、子育ても一人でというのは孤立感をおぼえるのが普通だ。何で社会と密になったのか。
 実家にこもって子育てするかたわら、つけっ放しのテレビからワイドショーの司会者やコメンテーターからこの先の不安や政府の対応への苛立ちを聞いた。そこで感じたことを本谷は次のようにいう。
 「私の中で気体のようにふわりふわりと浮かんでいた感情が固体に形状を変え、国民として〈正式〉に現状を嘆いたり、〈正式〉に憤慨したりすることができたのだった。世論というものに同調すると、とても楽に社会の一部である自覚を持てることを発見した。彼らが教えてくれたことはそれだけではない。東京五輪にまつわる様々なゴタゴタ······お陰で私は生まれたての子をあやしながら、血税の浪費に怒りを覚え、······次々と失脚する五輪関係者を腐すことに大忙しだった。」
 彼女はテレビのワイドショーでオーソライズされた世論に同調しているうちにソーシャルディスタンスの壁を自分の内面で解消したことに気づいた。周りからソーシャルディスタンス式の出産を「コロナのせいで大変だったね」といわれたが、子育ての一年は「ソーシャルディスタンスとは裏腹に、気色の悪いほど社会と同化した一年だった」と述懐している。
 しかし本谷は終わりの方で「世の中の蔓延する空気は透明ではなかった。誰かによって絶妙に着色され、そしてその誰かには漏れなく私も含まれていた。」と自覚的に語る。この方は「その他の羊」の中に居ながら黒羊のようである。
 
<卓上四季>は終わりにコショウをふった。
「黒い羊の殺りくはその後も繰り返され、そのたびに反省の騎士像が建てられた。」
 私も日常生活のなかで社会の病弊を感じる。戦争のきな臭さが強くなっているが、抗う力は分断されその内部に排除の風が吹く。現代の反対運動もまた「反省の騎士像」を建てるのだろうか。