[902](寄稿)福島原発事故と関連する可能性のある甲状腺がんの質問の件


ペンギンドクターより
その1

 先日、久し振りに松本さんのブログを開いてみたら、「外部被曝」と「内部被爆」の違いの説明・・・・・という質問が出ていました。福島原発事故と関連する可能性のある甲状腺がんの件での質問のようですが、私の経験をまじえて私なりに答えれば次のようになります。

 まずは、ネットの検索で「外部被曝と内部被爆」と入力すれば、環境省などからの記事が沢山出て来ます。私自身もそれで調べてみました。自分の経験を加味して述べます。

 ●外部被曝:大気中や地表などから浴びる放射線。衣服や体表面についた放射線などもある。医療におけるCT検査あるいは胃のバリウム検査でもかなりの量の放射線を浴びることになります。2011年の東日本大震災の時に、放射線が怖くて東京の人で沖縄に移住した人がいましたが、私は「飛行機で移動すると宇宙からの放射線を浴びるのに・・・・・」と思ったことを記憶しています。学校で子供が転んで頭を打ってこぶが出来て、学校の先生が「CTを撮ってください」と来院し、本人はピンピンしているのに、「家族がうるさいので是非お願いします」とのこと。放射線被ばくの害を説明しても「わかりました。私の子供なら撮影しなくていいけれども、親がうるさいので・・・・・」ということでCTを撮影しましたが、福島原発の事故直後は、被曝のことが話題になり、しばらくはCT検査の希望が減少しました。要するに飛行機のパイロットや医療従事者(昔は特に)は相当量の外部被曝を受けていることになりますが、大きな問題にはなっていませんでした。

 ●内部被爆:①経口摂取:飲食物の放射性物質を摂取、②:呼吸器からの摂取:大気中の放射性物質を吸入、③皮膚からの吸収、④創傷からの吸収などに分けられるようですが、事故直後の②③④、つまり長崎、広島に原爆投下後に入った人の場合は呼吸器からの吸収が大きな問題だったと思われます。もちろん、原爆投下は暑い夏の時期ですから、放射性物質に汚染された水分摂取もあったでしょうから、①も加わります。しかし、東日本大震災では実際にどのような内部被爆があったかあるのか、私は不勉強でよくわかりません。ネットで調査されることをお勧めします。

 さて、甲状腺がん関連においての問題です。
 ①の経口摂取の場合の放射性物質ですが、ストロンチウムはカルシウムに似た性質があるので、骨に蓄積します。またセシウムカリウムに似ているので、全身に分布します。放射性ヨウ素(ヨード)は甲状腺ホルモンの構成元素なので、甲状腺に分布します。
 ヨウ素放射線ヨウ素も安定したヨウ素も)は甲状腺ホルモンの原料となるので、特に若い人には大変必要な元素です。ここで、甲状腺ホルモンの働きを述べます。大きく3つあると言われています。①細胞の新陳代謝を促す。②交感神経を刺激する。③成長や発達に関わる。
 甲状腺ホルモン亢進症(バセドウ病など)では、発汗(著明に汗をかく)、頻脈(脈拍が大変速くなる)、るい痩(やせてくる、体重減少)など上記の①②を示しています。また子供の時に甲状腺ホルモンが低下すると、「小人症」(こびと)になります。この場合は脳下垂体の異常も関係することがありますが、いずれにしろ成長期の若年者には甲状腺ホルモンは必要欠くべからざるホルモンです。従って放射性ヨウ素甲状腺に集積すれば若年者において活発な分泌をする甲状腺は日常的に放射線を浴び続けるということになります。従って若年者の「甲状腺がん」が激増する結果を招くわけです。

 実際に、チェルノブイリ原発事故においては、当時ソ連が事故を隠蔽していたために、周辺の住民は汚染された野菜などの食品を摂取してしまいました。そのため若年者の甲状腺がんが激増しました。その手術のため、当時甲状腺がん手術で著明だった信州大学の専門家がソ連に渡って多くの甲状腺手術を施行したと聞いています。

 そこで翻って日本の場合です。東日本大震災による原発事故後の甲状腺がんが、どれだけ増加したかについては不勉強のため私は知りません。疫学というのはなかなか結論を出すのは困難です。私は甲状腺がんの専門家ではありませんが、数十例の甲状腺の手術はしたことがあります。甲状腺の腫瘍は圧倒的に女性に多く(特に良性は女性に多い。男性に甲状腺腫瘍があるのを見つけると、私はガンかな?と意識したものでした)、手術は美容的なこともあり、今は形成外科との協働手術が多いと思います。少ない私の手術例ですが、20歳前後の女性の甲状腺がん手術例も経験しています。17歳の若い女性が「何で私がガンに・・・・・・」と嘆くのは気の毒ですが、現実にはしばしば見られる現実です。
 私のこの文章は、福島の甲状腺がんを含む甲状腺疾患が原発事故と無縁だと言いたいわけではありません。コロナワクチン接種後の死亡の因果関係もそうですが、疫学というのは判断が極めて難しいというのが現実です。
 正直なところ、政府が福島原発事故の長期的な影響を十分調査し記録に残そうとしているのか疑問に思います。さらに新型コロナワクチンの副反応のきちんとした全体的集積やワクチン接種後の死亡例についても解剖されて十分検討したケースは殆どないと思います。要するに日本政府は伝統的にきちんと統計に残すという努力を怠っていることは歴史的に証明されています。医療全体としては確かに先進国だとは思いますが、ひとつひとつのケースをきちんと統計に残すという地道な作業は十分行われていないということは確かでしょう。

 しかし、同時に私は福島の甲状腺がんチェルノブイリ原発事故と同様に大きく増加しているのか否かについては、疑問に思っています。初めに結論ありきでないようにしないと後世に禍根を残すことになります。

 話が散漫になってしまいました。「外部被曝」「内部被爆」の区別はある程度わかっていただけたかと思います。要するに「内部被爆」のほうが長期的には問題になります。今後も結論を出す前に地道なデータの集積が望まれます。