[1565]「(科学季評)自然の時間を無視した文明 先取りした未来は、訪れるのか (山極寿一)」について

 

 14日の朝日新聞の「科学季評」で山極寿一さんが時間について書いています。これは大切なテーマだと思います。

朝日新聞の記事を゙引用します。

「私たちは今、人工的な時間を生きている。毎日決まった時間に起き、学校や会社へ行き、同じような時間に帰宅する。それは学校での学習カリキュラムや会社の勤務時間に従っているからで、自然の時間に対する配慮より効率性や生産性が重視されている。でも、生物である人間の心身は、これらの人工的時間に完全に適応しているわけではない。」

 人工的時間という言葉が使われています。社会的に決められた時間と言い換えてもいいと思います。自然的ときの進行と比べて人口的時間は社会や会社によって決められたスケジュールに沿って生活が規制されているということでしょう。

 確かに人工的時間は効率性や生産性が重視されていると言えると思います。

 それは資本制生産様式が人間の歴史にあらわれて以降の時代になって特に顕著になったと言えます。「科学季評」に戻ります。

「18世紀から19世紀に起こった産業革命化石燃料を使った新しいエネルギー源を手に入れ、機械の力による生産工程を始動させた。これまで風や水や火、家畜などの自然の力に頼ってきた考えは一変した。都市にいくつも工場が出現し、労働者が密集して、都市は巨大になった。生産性と効率性を高めるために、作業工程は時間によって管理されることになった。機械が時間に沿って正確に動かされると、人間もその時間によって管理され始めた。その結果あらゆることが時間によって企画され、スケジュールに沿って私たちは暮らすようになった。」

  時は金なりと諺にいいます。それは資本主義社会の本質を言い当てています。私はかつて合板工場で働いていた頃、資本主義経済の本質は時間の節約にあると感じました。工場では稼働時間内に機械を停めることはタブーでした。なぜなら機械が停止している時間には物が生産されないからです。生産過程において労働力の使用権をもつ資本家は機械が停まっている時間は無駄に時間を消費しているということになるのです。

 つづく