[600]「新型コロナ危機のなかで」が終われない

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みなさんお元気ですか。

 今日で600回になりました。投稿・寄稿していただいたみなさん、読者のみなさん、ありがとうございました。

 2020年5月21日にブログを開いて1年2ヶ月になります。「新型コロナ危機のなかで」というタイトルは1年くらいで変えなければならないかもしれないと思ってはじめましたが、とんでもない、新型コロナウイルは変異しながらなお現代人に寄生し増殖しつづけ感染症はおさまりそうにありません。
 
 新型コロナのパンデミックは現代世界の暗部を明るみにだしました。機を見るに敏な資本はこういう状況の中で自らを増殖させるためにあらゆることを試み肥え太っています。他方で、いまなお医療をうけることができず亡くなっていく人々も多くいます。
 世界の労働者階級は失業と感染の恐怖のなかにいます。
 私はなおつづく危機のなかで、現代社会は人の命よりも資本の延命のために動いているということを強く感じます。社会が危機になればなるだけ資本主義社会は非人間的本質をあらわにします。
 日本でも感染爆発の犠牲は資本家階級ではなく労働者民衆におしつけられています。それは単に首相の個人的資質の問題としてだけではなく、社会の仕組みの問題として考える必要があると私は思っています。端的にいえばウイルス感染症の検査治療をいつでもできる大きな医療施設をつくることが問われているのですが、それは儲けを度外視しなければできません。「儲けを度外視」することは資本主義の本質に抵触します。昨今マルクス資本論の意義が様々な観点から語られていますがそれは資本主義の限界が現実に露になっているからなのです。
 社会の仕組みを変えるべきだと私は思っています。
 けれども仕組みを変えるだけでは人間的な社会をつくることは出来ないということを、私は歴史に学ばなければならないとも思うのです。
ソ連邦は自己崩壊し、現代中国は国家が統制する資本主義になってしまいました。失敗したのはなぜだろうと考えなければなりません。
 ともかく一人ひとりが自分たちの力で社会を変革しようという意志自覚をもたなければはじまりません。変革的立場は日常の出来事を批判的にみること、改良改善するために実践するなかでしか生まれてこないように私は思います。

 これからも「新型コロナ危機のなかで」感じたり考えたりすることをメモしていきたいと思います。
 形式、長短は問いません、みなさんの投稿、寄稿をお待ちしています。よろしくお願いいたします。
 今日も夏らしい一日になりそうです。アサガオの元気がいい。
                 
松本隆
stonkororin30th@docomo.ne.jp