[1479]「解き放て」

 1月1日の日経新聞1面は「昭和99年 日本反転 解き放て」というタイトルです。勢いのある見出しです。リードで「日本を世界第2位の経済大国に成長させた昭和のシステムは、99年目となると時代に合わなくなった。日本を『古き良き』から解き放ち、作り変える。経済の若返りに向け反転する。」と言います。

 

 24年、日本に住む人の半数が50歳を超え、団塊の世代ジュニアが50代に入ったといわれています。これだけ聞くだけで団塊の世代である私にとって昭和が遠くなったと感じます。一方で20歳から64歳のうち20〜30代の比率は27年に37•7%で底打ちして上がっていきます。

 少子化になりますが職場は若返るでしょう。

 そこで日経の筆者は「昭和の慣習が邪魔だ」と言いきります。どういうことか。

 「下積みを経て仕事を覚え、社歴とともに責任が増して処遇が上がる人事制度は、全ての人の力を十分に引き出せない。昭和の年功序列は、熟練の労働者ほど高い賃金にすることで、生産性の向上と働く人の定着を図った。経験が重要な製造現場では通じても、技術が急速に進歩するデジタル分野には合わない。」と言います。筆者は理論的にはいささか粗い文章を書きますが、若く鼻息が荒い。

 労働生産性を向上させるために労働過程にコンピューター化された労働手段が導入される時代になって、非デジタルの労働手段で「下積みを経て仕事を覚え」て生産性を高めるという方式は時代遅れになったというわけです。

 (労働手段がデジタル化してもコンピューターを使いこなすための下積の仕事はついて回ります。つまりコンピューターを使う仕事であってもクチで伝えにくい・ああすればこうなるといった技能的な能力は必要です。そして技能が技術化されデータとしてコンピューターに組み込まれていきます。)

 労働生産性が高度化するということは、単位時間あたりの生産量が多くなり労働の搾取率は高まります。それが生産過程をデジタル化する資本家の目的です。技術化された労働手段を使って物やサービスを生産するためには労働者の労働密度は高められ精神的肉体的に疲れることが必然となります。

 全社会的に生産過程のデジタル技術化のテンポが速められ、新しくよく売れる商品が開発・生産され流通過程で売られます。

 例えば生成AIの開発速度は著しいです。昨年はアメリカの映画業界に生成AIが導入されることによって解雇の危機に直面した脚本家や俳優の労働組合が長期ストライキを行ないました。

 今年も生産過程のデジタル化の波は止まらないでしょう。デジタル技術は機能面でさまざまな分野で生活に役立っていることは確かです。

 しかし資本家は労働手段の技術化を生産性向上=労働の節約のために行うのです。経済学的にはより多くの相対的剰余価値の生産のためにです。それは他面からいえば労働者の労働をより多く搾取することを意味しているのです。

 いまの技術化の形態はデジタル化です。昭和のシステムは時代に合わなくなったと明るく語る日経新聞の筆者はまさに資本の意志を代弁しています。

 労働組合はデジタル化の技術学的経済学的意味をつかみ取り、労働者に与える負の影響には明確に反対していかなければならないと思います。